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映像スイッチャーがクラウド化に進む 激変する「ライブのおしごと」小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)

» 2021年11月29日 12時24分 公開
[小寺信良ITmedia]
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「クラウド化」の神輿に乗れるか

 ではなぜこんなにも、各社のタイミングがそろったのか。理由は3つあるように思う。

 まず1つは、ライブ中継業務の特殊性だ。従来の中継業務は、現場に中継車を乗り付け、その中にぎゅうぎゅうになってスイッチャー、音声、リプレイ、ディレクターなどのプロダクション系の人たちが作業をする。最近はリモートカメラも使われるようになったが、リモートカメラオペレーターまでそこに集まるのでは、三密どころではない。事実上、そういうオペレーションは無理になったのだ。

 過去クラウドを使って中継現場からIP伝送というソリューションは一定の広がりを見せたが、現場以降のスタッフ、つまり従来は中継車の中にいたプロダクション組の人たちは、現場にはいないが局内には集合していた。だが今となっては、現場とプロダクションを分離するだけでは、あまり意味がない。もっとバラバラにしなければならなくなったのである。

 中継に関わる全ての作業者を分散するためには、全作業者がどこにいてもアクセスできるパブリッククラウドを使うしかないわけである。

 2つ目の理由は、クラウドの能力が画像処理に追い付いてきたという点だ。これまで画像処理に関わるソフトウェアをオンプレで動かしていたのは、マシンパワーを専有できるからだったわけで、逆にいえばクラウド上の仮想サーバではパフォーマンスに不安があったわけだ。だがクラウドに使用される物理サーバの能力が向上していくにつれ、仮想マシン上のCPUとGPUでも十分なパフォーマンスが得られるようになってきた。

 ただ、現在クラウド上で展開されるシステムで扱えるのは、HD解像度までとなる。回線速度や並列画像処理を考えると、4Kはまだ厳しい。

 3つ目の理由は、コストだ。ライブ中継は、スポーツにしてもイベントにしても、時間が読みづらい。以前はテレビ局手動でイベントが仕切れたが、今はそのような力配分ではなくなっている。プロ野球日本シリーズでさえ、対戦カードによっては視聴率が1桁台に終わることも珍しくない。テレビ番組は、時間がきっちり決まっている作り込みコンテンツのほうが扱いやすいということになり、バラエティーやドラマが主力となっていく。

 従ってスポーツやイベント、囲碁将棋、音楽ライブのようなイベント中継は、テレビ局が行うものから、プロダクション主導でネットストリーミングで実施する方向へとシフトしている。中継業務は、人件費や機材費などのコストがかさむ。本番だけでなく、機材設置や撤収まで考えると、イベント実施時間の数倍の時間がかかるわけである。テレビ放送なら制作費でペイできるが、ネットではそうもいかない。

 こうしたライブ中継システム一式を全部クラウドにあげてしまえば、機材の設置と撤収の手間がないだけでなく、利用時間に応じてのサブスクリプションなので、かなりコストは押さえられる。

 ライブ中継は、いっぺんに集まってわっとやってその日で終わりという、お祭り的な稼働実態であり、収益率も高いためにプロダクションサイドでは人気のあるコンテンツ制作方法だ。実働で先行するGrassValleyはすでに米国で導入実績があり、経験値を積み上げつつある。国内メーカーのサービスインは2022年4月ごろになりそうだ。

 日本の放送局にぶら下がっている映像ソフト産業は、放送局の「ネットは敵」というアレルギー反応に迎合する格好で、ずっと「ネット化」を敬遠してきた。そのため、ネットの最もおいしいパワーを享受するタイミングを失ったまま、「変われない日本」を体現してきた。

 だがコロナによるダメージからの復活には、「思想より効率」が重視される。「だってしょうがないじゃない」が大声でいえるタイミングなのである。今度こそ日本の映像業界は、世界のトレンドに乗れるだろうか。

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