おっと、ついつい話がマニアックな方向に進んでしまった。微に入り細をうがった解説に走りがちなのは、マニアの癖であり性なのでどうかお許しいただきたい。話をメロトロンの実機に戻そう。
筆者が手に入れた個体は、シリアル番号728とある。初期のCMCモーターコントローラー基板を搭載した個体だ。CMC基板は音程が安定せず、ノイズが混入しやすいという美点(?)がある。メロトロンを語る際、音程の不安定さとノイズは肯定的に捉えられるのだ。実機を弾いてみると確かに不安定だ。和音を押さえると全体的に音程が下がるし、サーサー、ブチブチとノイズが入る。
その後、登場したSMS基板は安定しているらしいのだが、前述のように音程が不安定なところも魅力だと思っているので筆者的には今のままで問題はない。
海外の掲示版をのぞいてみると「私の個体はSMS基板だが、いとおしく不安定な音が欲しいのでCMC基板に載せ替えたい」という人もおり、多くの人がその考えに賛同の書き込みを行っている。ほんとに変な楽器である。
そもそも、スイッチを入れただけで何も弾いていないのに、常にモーターが回転しているので結構うるさい。そして弾いたら弾いたでテープがスプリングで引っ張られて戻ったときの音も加わり、機織りのようなバタンバタンという盛大なノイズが鳴り響く。ヘッドフォンでモニタリングしても周囲に騒音をまき散らす楽器なのだ。
冒頭で、「44万円もする古びた鍵盤楽器」と述べたが、グローバル基準で見たらお手頃価格だと思っている。関係者が言うには、海外では最低でも60〜70万円で取引されているそうだ。そういえば「Reverb」という中古楽器の売買サイトでボロボロの朽ち果てる一歩手前のメロトロンが約36万円で売られていた。
関係者いわくヴィンテージギターにしても日本での市場価格は、総じて海外より安価だそうだ。ビッグマック指数やiPhone指数と同様に、ヴィンテージ楽器からも低空飛行を続ける日本経済の現実を垣間見ることができる。
メロトロンの上に、ヴィンテージのミニ・モーグ(Mini Moog)を置けば、プログレ的に完璧なフォーメーションが出来上がるのだが、そこまでそろえるだけの財力はない。でも憧れる。
今後、このメロトロンを徹底研究することで、iOSアプリを開発する予定でいる。つまり、第3世代のマネトロンということだ。ただ、どのような機能を盛り込むのかは、まったくの白紙だ。
例えば、知人のメロトロンマニアは、規則性のない出音の不安定さや音のかすれ、アタックといった、メロトロンの子細な特異性の再現を要望する。確かに現在のiPhoneの能力があればそれなりのことが可能なのかもしれない。
だが、開発にリソースを割いて有料アプリとして販売する以上、ビジネスのことも考えなければならない。凝りに凝ったマニアックな機能を搭載してもそれが数字に結び付かなければ、開発者としてモチベーションが下がるだけだ。
マニアックな機能にこだわるのではなく目先を変えて、メロトロンという楽器がどういうものであるのかが理解できる、写真と動画で構成された一種の図鑑的なアプリも楽しいのではないか。もちろん、演奏機能も搭載した上での話だ。
課題は、既存のメロトロンにまつわる各種の権利に抵触しない形でどこまで意味のあるアプリを作ることができるかだ。意匠や音源といった商標以外の権利については、不明瞭でカオスな部分も多くアプリ開発者として不安になることもある。権利については、本連載でいずれ整理して取り上げるつもりだ。
せっかく手に入れたオリジナルのメロトロンだけに、その希少性をまずはアプリという形で生かし、社会に還元していきたいと考えている。
山崎潤一郎
音楽制作業の傍らライターとしても活動。クラシックジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレコード主宰。ライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブなどから多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」「Alina String Ensemble」などの開発者。音楽趣味はプログレ。Twitter ID: @yamasakiTesla
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