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なぜMicrosoftは7.8兆円投じてまでゲーム会社を買うのか 変革期に突入するゲームビジネス(2/3 ページ)

» 2022年01月24日 14時00分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

買収の狙いは「ゲームプラットフォームの変容」にあり

 Microsoftが2019年以降に戦略変更したのは、その少し前から、「Xbox」というプラットフォームのあり方を見直しはじめていた、ということに関係している。

 PlayStation 4(PS4)とXbox Oneが発売された2013年の段階で、ハードの売り上げではPS4の方が好調だった。また、PCのゲーム利用もより広がっていた時期でもある。

 Xboxというハードウェア「でしか遊べない」という戦略で他社をひっくり返すには、ハードウェアへの投資とマーケティングをさらに行って、直接的な戦いをするしかない。

 だが、この頃からMicrosoftは、少し戦い方を変え始めた。

 Xboxというハードウェアも大事だが、より重要なのは「Xbox Liveのアカウントを持つ人」という戦略になったのだ。PCの上でもXbox Liveアカウントの価値を高め、スマホなどでも同じゲームをプレイする環境を作り始めていた。アカウントこそがプラットフォームであり、快適に楽しみたいならハードウェアと一緒に……というやり方になったわけだ。

 そこで武器としたのが、有料会員制である「Xbox Game Pass」だ。会員になれば、サービスに登録されたゲームがXboxでもPCでも、購入を伴わず「遊び放題」になる。現在はスマートフォンなどで、クラウドを経由してもプレイ可能になっている。

 その中で武器になるのが、Xbox Game Studioの作品だ。そのほとんどが発売日から、Xbox Game Passで「遊び放題」の形で提供される。Xbox Game Studioから人気ゲームが出れば出るほど、Xbox Game Passの価値が高まる……という仕組みである。

買収につながった「セクハラ訴訟」

 ただ、買収成立にはActivision Blizzardの事情もある。

 Activision Blizzardは2020年以降、セクハラ問題で揺れている。

 2020年7月、カリフォルニア州・公正雇用住宅局がActivision Blizzardを「恒常的にセクシャルハラスメントがされていた」と訴えたのだ。訴訟に伴いコアメンバーの退社が相次ぐなど、ゲーム開発自体にも影響が出始めていた。そのため株価も、問題発覚前の95ドル前後から60ドルまで落ちた。

 Activision Blizzardの時価総額は確かに高いが、セクハラ問題がなければもっと高くなっていた可能性はあるし、そもそも、彼らが経営体制を見直さず、強気で独立を維持する可能性も高かった。

 ここで、Microsoftが株価を「95ドル」と評価して買収したのは、「買うならこのタイミングしかない」ということでもあった。

買ったのは「タイトル」だけではない

 Activision Blizzardを買収するということは、Xbox Game Passで提供可能な人気タイトルが増える、ということでもある。

 「なるほど、だから巨額買収を」と考えれば、確かにわかりやすい。

 だが、話はそこまでシンプルでもない。

 Xbox Game Passはファンの支持を集めているが、8兆円近い買収額をすぐに取り返せるほどか、というと、若干疑問である。長期的には可能性が高いが、「買収したからすぐ他社を圧倒できる」ような話でもない。

 また、単純に「独占」とすることは色々リスクもある。

 完全な「Xbox独占」にしてしまうと、マルチプラットフォームで得られていた収益を失うことにもなる。また、Bethesda Gamesに加えActivision Blizzardも、となると、他社のゲームビジネスに与える影響も大きくなり、「独占によって他社のビジネスを阻害している」との観測も生まれる。Bethesda Gamesの買収はFTC(公正取引委員会)の承認を得られたものの、Activision Blizzardについてはどうか……という懸念も出ている。

 そうした懸念・課題を払拭するには、少なくとも現在発表済みの案件について、他のプラットフォーム向けへの販売を止めることはしない方が良いだろう。

 実際、MicrosoftのGaming CEOであるフィル・スペンサー氏は、自身のTwitterアカウントで、「ソニーとの間で、過去にActivision Blizzardとの間で交わした契約や、PlayStationでの『Call of Duty』の展開は維持される」と発言した。

 どこまで維持されるのかはともかく、Microsoftが「単純な独占提供」にこだわっているのではないのは間違いなさそうだ。

 そうすると狙いはやはり、Xbox Game Passでの優先提供による差別化、というあたりだろうか。

 ただ、それだけでActivision Blizzardの価値を測るのはもったいない。

 Activision Blizzardは、スマートフォン向けのゲームでも強みを持っている。カジュアル向けで世界的な知名度をもつ「Candy Crash」シリーズ、eスポーツでも人気のカードゲーム「Hearthstone」がある。この収益も忘れてはいけない。

 そしてなにより、スマホ向けも含め、Activision Blizzardのゲームにはファンがついていて、「コミュニティ」が形成されていることだ。ゲームが良いものであり続けるなら、コミュニティを形成するファンは将来も重要な顧客であり続ける。

 Xboxというアカウントが重要である、という方針であるMicrosoftにとって、ユーザー数の多いコミュニティは重要だ。彼らがメインのアカウントをXbox Liveに切り替えてくれれば、それだけでも大きな価値を持つ。

 ヒットゲームを作るにはコストがかかるが、大きなコミュニティを作るにも同等以上のコストと時間がかかる。

 Microsoftが大規模買収をしたのは、「ヒットゲーム」を欲しただけでなく、コミュニティも同時に欲したと思えば理解しやすい。

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