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トレースはもはや「つみ」状態なのか  引用とオマージュと再構築の果てに浮かび上がった問題とは?小寺信良のIT大作戦(2/3 ページ)

» 2022年02月14日 10時53分 公開
[小寺信良ITmedia]

トレースと創造性

 またアパレルブランド「ANARC」とコラボして手掛けたTシャツやパーカーなどの絵柄について、大友克洋氏の「AKIRA」に登場する「金田のバイク」ではないかとの指摘もある。こちらのほうはANARCから公式発表はないようだが、コラボ商品ページがサイトから削除されており、さまざまなオンラインサイトでページが見つからなくなっている。一方講談社の広報室は、メディアの取材に対して「今回の商品に関しては、許諾したものではありません」とだけコメントしている。

photo ANARC x 古塔つみ A-BIKE TEE(現在在庫切れまたは販売期間外となっている)

 現時点で、確定的に分かっていることはこれだけだ。現在作品とトレース元とされる画像の比較検証画像や動画があまりにも多くSNSに投稿され、またそれをまとめたサイトも乱立状態にあるが、それをもって「確定」であるとは誰にも判断できない。講談社が調査するとの回答を得たというメールの画面キャプチャーもあるようだが、それが本物か誰も確認していないため、現時点ではまだゴシップの域を出ていない。

 どこまでが確定で、どこから先が未確認情報なのかは、きちんと線引きしておく必要がある。

 この騒動で危ういなと思うのは、「トレースという行為そのものがアウト」という認識が一人歩きし始めているところである。トレースというのは一種の複写方法であり、文科省後援の技能検定まである、確立した技術だ。

 一方絵を描く人としては、模写とトレースは明らかに異なるものだろう。模写は現物を目で見てそれを写し取る行為であり、古来「絵」というものはそうして描かれたものである。

 「作画手法としてのトレース」が広く定着したのは、写真の発明よりも後だと考えられる。それ以前も、立体のレリーフに紙を当てて写し取るみたいな方法はあったとは思うが、実風景をハンディなサイズに瞬間的に写し取る写真の登場は、その紙焼きの写真の上に薄紙を敷いて写し取るという手法を一般的かつ効果的なものにした。

 実際マンガやアニメの背景制作などでは、写真からトレースする例はある。もちろん、写真を見ながら「模写する」という手法もあり、作品性と効率とのバランスで、両方が使われている。

 写真からトレースしたものに作品性や創造性がないというのは、誤りだ。著名イラストレータである鈴木英人氏は、TBSの現社屋であるビッグハット竣工・開局記念番組の中で、その制作過程を公開している。1995年頃の話なので今の制作手法とは違うと思うが、当時は鈴木英人氏自らが米ナンタケット島に赴きポジフィルムで風景を撮影したものを、プロジェクターで紙に投影し、そこからトレースして作品の輪郭を取りだしていた。

 トレースの過程で複数の写真を組み合わせつつ、有象無象ある実写風景写真の中のどの線を採用し、どの線を無視するか。シンプルな線と面で構成される同氏の特徴は、すでにそのプロセスの段階で生まれている。TBS初のハイビジョン制作であったこの番組は、今となっては見る機会もないと思うが、なぜこんなに鮮明に覚えているかというと、この番組を編集したのが筆者だからである。

 つまり、トレースという行為からは芸術が生まれないという考え方は、表現の幅を狭める事になる。逆に、模写であれば何でも許されるという考え方もまた、危険である。

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