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コンパクトな財布の宿命、「どう閉じるか問題」に驚きのアイデアで挑んだSYRINX「Hitoe Fold Less」分かりにくいけれど面白いモノたち(3/4 ページ)

» 2022年03月16日 12時50分 公開
[納富廉邦ITmedia]

コインケースの工夫

 ただ、仕掛け自体はシンプルだが、この構造を思いつく前提として、奥行きが小さいコインケースと、その下にカードケースという配置の財布を既にデザインしていたという事実が大きい。

 この奥行きが小さい、細長いコインケースのアイデア自体は、アブラサスの「薄い財布」を始め、佐藤氏が最初にHitoeシリーズを作る以前に前例が少しある。佐藤氏も、それらに影響を受けたという。しかし、例えば、アブラサスの「薄い財布」の場合、カードケースの下にコインケースがあり、そのコインケースで財布自体を留めるという構造。このアイデアも見事なものだが、この構造だと、カードに引っかけて留めるというアイデアにはなかなかたどり着かないだろう。財布の片側の下辺にカードが入っていて、それがスリーブ状になっていたからこそ、このアイデアが生まれたのだ。

 「アイデア自体はシンプルだったのですが、実際に製品化しようとすると、かなり精密な作業が必要なことが分かりました。型が0.5mm単位の正確さを必要とするのですが、革というのは伸び縮みするので、あまり精度を上げられないんです。でも遊びを持たせると、その分、サイズも大きくなるし、使い勝手も悪くなります。職人さん方には、かなり無理を言って、どうにか量産できるようになりました」と佐藤氏。

photo このフックを引っ掛けた状態の小口部分が、フックとカードケースのサイズがほぼ同じで、とても美しいのだ

 この最初に誕生した「Hitoe Fold」も私は長く使っているのだけど、驚くのは、ほとんど普通の大きさの財布と同じ感覚で使えること。

 細長いタイプのコインケースは、アブラサスの「薄い財布」などで慣れていたこともあるが、使われている革の柔らかさと、最小限のフラップのサイズバランスの良さで、小さいことを忘れるくらいの使い勝手なのだ。紙幣は、普通の2つ折り財布同様、挟むだけだし、カードは、引っ掛けるための切り欠きのおかげで、重ねたカードから必要な1枚を取り出すのがとてもスムーズ。カード自体も6〜7枚程度収納できるから、入れるカードを厳選するといった作業も不要だ。

photo カード3枚は、こんな風に財布から出さなくても全体を把握できて出し入れが簡単

 しかし、佐藤氏は、これでは満足せず、さらに薄さを追求した「Hitoe Fold Less」を開発する。こちらは、カードの収納量を3枚程度にすることで、更なる薄型化を達成。その薄さ、最厚部が約7mm。

 「自分にとってベストなものを作りたかったんです。そう考えるとカードは3枚くらい。カードが3枚だと順番も覚えているから、目的のカードがすぐに取り出せます。薄くなるだけではなく、ハンドリングも全然変わるんです。ただ、売れるかどうか分からないので、まずはクラウドファンディングで世間に問うてみました」と佐藤氏。

 そして、クラウドファンディングで3月16日現在、期限を7日残して、2315万2800円を集めている。もちろん、最近のクラウドファンディングに付いているユーザーは、どちらかというと、モノの最前線についてはあまり知らない一般の方が多い。なので、エムピウの「ストラッチョ」もrethinkの「Less Wallet」も知らない人が多いだろう。しかし、そういう方々が、この極端に用途を絞った財布を欲しいと思ったという事実は大きい。

 その大きな要因は、カードに引っかけて留めることで薄さとシンプルさと使いやすさを並立させるというアイデアが、とても分かりやすく、伝わりやすいということだ。もちろん、その前に、同じクラウドファンディングで「Hitoe Fold」が財布の中で日本歴代2位(5548万1020円)という実績があってのことだ。比べれば、やはり一般的な財布に近い使い勝手の「Hitoe Fold」の方が、より多くの人に受け入れられているのだが、それでも、この尖った「Hitoe Fold Less」が、多くのユーザーに響いたことは間違いない。

 「カードを3枚に絞れる人は、『Hitoe Fold』を買った人の5分の1くらいだと考えていた」と佐藤氏は言う。

photo コインケースが革を曲げている側にある構造のおかげで、多少コインケース部分が膨らんでも、その厚みを吸収できるようになっているのも見事

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