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「私を忘れないで」──コロナ禍の“記憶”を保管するデジタル技術ウィズコロナ時代のテクノロジー(1/3 ページ)

» 2022年04月06日 08時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 2020年初めから、瞬く間に世界へと拡大した新型コロナウイルス。AIやビッグデータなどの先端技術、そしてモバイル機器やSNSなど個人に力を与えるテクノロジーが普及した中で起きた今回の感染拡大は、「世界初のデジタル・パンデミック」とも称されている。

 その言葉通り、COVID-19への対応に当たっては、多くのデジタル技術が活躍を見せた。AIによる次の流行の予測や、モバイル機器を活用した行動追跡、そして「密」を避けるためのWeb会議やメタバース系サービスなど、本連載でもさまざまな事例を紹介してきたが、いま新たなデジタル技術の活用法が模索されている。

 それはパンデミックが発生している現在の「記憶」を保管するというものだ。次のパンデミックの備えに活用するのはもちろん、故人の追悼ために使う国も現れている。

記憶を保管することの重要性

 過去のパンデミックでも、さまざまな形で記録、そして記憶が残されてきた。例えば1918年に発生したインフルエンザの世界的大流行、いわゆる「スペイン風邪」について考えてみよう。

 米CDC(疾病予防管理センター)によれば、全世界で約5億人(当時の世界人口のおよそ3分の1)がこの原因となったH1N1ウイルスに感染したと推定され、死亡者数は少なくとも5000万人に達したとされている。死亡率は5歳未満、20〜40歳、65歳以上で高く、特に健康な人の死亡率が高かったことが、このウイルスの特徴であったそうだ。

 こうした情報はもちろん重要なものであり、他のさまざまな記録と合わせて、次のパンデミックに備えるために大きく役立つ。一方でそれは無味乾燥なデータであり、頭から簡単に抜け落ちてしまいがちだ。おそらく明日には、「スペイン風邪では5000万人も死者が出た」というこの恐ろしい情報も、記憶の片隅に追いやられていることだろう。

 では同じCDCが作成した、こちらの映像はどうだろうか。

 先ほどと同じ情報とともに、当時撮影された写真や、新聞に掲載された広告などが映し出される。そこには大勢の実際の患者や、対応に取り組む医療従事者、研究者らの姿があり、さまざまな数字がより現実味を持って感じられるようになるはずだ。

 その良しあしは別にして、人間の脳は、情報を「物語」の形式で与えられるのを好むことが各種の研究から明らかになっている。例えば記憶術の中にも、与えられた情報を物語に置き換えて覚える(物語を設定してその中に与えられた情報をちりばめる)という手法が存在している。そうすることで、より記憶に残りやすくなるのだ。

 さきほどのCDCの映像も、データを物語にちりばめ、より人々の記憶にとどまるように工夫したものといえるだろう。こうすることで、「犠牲者は推定で5000万人」のような詳しい情報は忘れてしまったとしても、「パンデミックは恐ろしい」という記憶は残り続ける可能性が高まる。

 スペイン風邪が流行した20世紀初頭は、残念ながらまだメディアは一部の人々しか手にしていないものだった。しかし「デジタル・パンデミック」であるCOVID-19が発生した現在、ありとあらゆる人々がメディアを手にし、日常を記録し続けている。

 自分の体験や感情を、デジタル技術にのせて世界に発信することもできる。いまそうした記憶を集めて保管しておこう、というプロジェクトが複数立ち上がりつつある。

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