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「クレカで乗車」は日本で普及するか? 交通系ICとのすみ分けは? 実験進める鉄道事業者の狙い(2/4 ページ)

» 2022年06月03日 16時00分 公開

日本での導入はインバウンド狙いだけではない

 このオープンループの仕組みを最初期に導入した英ロンドンでは、当初交通系ICカードとして「Oyster」という専用のカードを採用しており、諸外国から訪問した客にはまずOysterを購入するよう窓口への誘導を行っていた。これまでに大量のOysterが販売されたわけだが、国際都市ロンドンを比較的頻繁に訪問するビジネスマンのような旅行客であっても、前回購入したOysterを家に忘れて再度購入するケースは少なくない。

 こうして大量のOysterが発行され続け、同地域の交通システムを管轄するTfL(Transport for London)ではカード発行負担が大きくのしかかる形となった。そこで2012年のロンドン五輪を機に、手持ちの普通のクレジットカード(Payment Cardなどと呼ばれる)をそのまま乗車券代わりに利用できるオープンループを導入し、利便性とシステムの維持コスト圧縮を両立させたという成功体験がある。

 現在ではシンガポールや米ニューヨークの交通システムにも導入されるなど、世界的にも広まりつつある。つまり、インバウンドにおいてオープンループの導入は非常に大きな意味をもつ。

ロンドン交通局(TfL)で利用可能な「Oyster」カード。ただし発行維持にかかるコストが膨大であり、オープンループ導入でコスト削減と利便性向上を目指した背景がある

 ただ、これまで国内でオープンループを導入した事業者に聴き取りした限り、必ずしもインバウンド狙いでオープンループの仕組みを導入したわけではないようだ。理由はいくつかあるが、主に「コスト」と「柔軟性」が大きな要素となる。

 日本の交通系ICカードは、いわゆる「サイバネ規格」(編集注:日本鉄道サイバネティクス協議会で策定された標準化規格)に準拠しており、この規格にのっとる形で運用されている。一方、サイバネ規格は駅名を含む情報のアップデートが煩雑であったり、この仕組みを利用するコスト負担そのものが大きく、特に小規模事業者にとって大きな導入ハードルになっている。実質的に大手事業者に対して利用料を支払う仕組みでもあるため、あえて独自の交通系ICカードを導入した地方事業者は少なくない。

 そのため「独自の交通系ICカードを導入するよりは」ということで、さらに費用負担の少ないオープンループを選択した京都丹後鉄道のようなケースもある。

沖縄を走るゆいレール。最近でこそSuicaをはじめとする「10カード」対応が進んだが、もともとは「Okica」と呼ばれる地域独自の交通系ICカードとQRコード乗車券の組み合わせのみの対応だった

 またコロナ禍を経てリモートワークの習慣が残り、必ずしも営業日の全てで出社しなくてもいいというケースが多く見られるようになった。鉄道事業者にとって致命的なのは、手堅い収益源だった通勤定期の解約が相次ぎ、同時に定期券として利用されていた交通系ICカードに残高がチャージされる機会も減ることになった。

 改札を通過しなければオートチャージも発生しないわけで、コロナ禍による就業スタイルの変化は鉄道事業者の収益モデルを見直すきっかけを生み出している。つまり、以前よりは交通系ICを利用するきっかけが減っており、その隙間を埋める存在としてクレジットカードと、それを利用したオープンループの仕組みに注目しているという関係者の話も聞いている。

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