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SF作家・樋口恭介さんに聞く、SFプロトタイピングのいま 「パワポで企画書を作る」が「SFを書いて見せる」になる?「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(1/3 ページ)

» 2022年06月17日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

 こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。

 この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語ります。SFプロトタイピングは、SF的な思考で未来を考え、実際にSF作品を創作して企業のビジネスに活用することです。

 今回は、早くからSFプロトタイピングに着目し、SFプロトタイピングの解説書「未来は予測するものではなく創造するものである」(筑摩書房)を刊行したSF作家の樋口恭介さんに、SFプロトタイピングの現在地についてお伺いしました。

樋口恭介(SF作家)

 1989年、岐阜県に生まれる。早稲田大学文学部卒。卒業後、ITコンサルタントとして外資系企業に勤務。17年に発表した「構造素子」で第5回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、作家デビュー。

 20年にエッセイ集「すべて名もなき未来」(晶文社)を刊行。21年に「異常論文」(早川書房)を手掛ける。「未来は予測するものではなく創造するものである――考える自由を取り戻すための〈SF思考〉」は第4回八重洲本大賞を受賞した。

photo SF作家の樋口恭介さん

「日本でもSFプロトタイピングをやりたいと思った」(樋口さん)

大橋 樋口さんは、著書「未来は予測するものではなく創造するものである」を2021年に出版されましたが、それ以前からSFプロトタイピングに着目されていましたよね。

樋口 多分、日本のSF作家で「SFプロトタイピングをやろう」と言い始めたのは、僕が一番早かったと思います。

大橋 いつ頃からですか?

樋口 19年の秋ごろに、雑誌「WIRED」がクリエイターや起業家とお金について考えるイベント「WIRED Riverside Chat」を開催しました。そのゲストとして僕と、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーの川崎和也さんが呼ばれました。その時に「日本でもSFプロトタイピングをやりたい」と話をしたのがおそらく最初です(※01)

※01 WIREDのイベントレポート「『スペキュラティヴ』なふたりは『お金』をどう語ったか?:「WIRED Riverside Chat Vol.1」レポート」はこちらから。

大橋 ブライアン・デイビッド・ジョンソンの著作「インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング」(亜紀書房)が日本で刊行されたのが13年です。その時からSFプロトタイピングをご存じだったのですか?

樋口 13年のころは知らなかったです。19年にWIREDの編集者から「今、アメリカでSFプロトタイピングが盛り上がっているらしく、SFプロトタイピングを使ったコンサルティング会社もあるらしい」という話を聞いてからです。僕はコンサルタントでもあるので、僕の問題意識にも近く、面白いと思いました。

大橋 先にWIREDがSFプロトタイピングに着目していたわけですね。

樋口 はい。WIREDはずっとSFとビジネスに着目していました。僕がWIREDに書いたSF小説(※02)もテクノロジーとビジネスをつなげたフィクションでした。その関係でイベントに呼ばれたというのが経緯です。

※02 「NEURO ECONOMY 2029-2056」WIRED VOL.31(コンデナスト・ジャパン/18年11月)

大橋 樋口さんがSFプロトタイピングについてまとめた書籍を出すということは、僕は20年頃から聞いていました。出るまでかなり時間がかかりましたね。

樋口 時間がかかったのは単純に、国内外ともにSFプロトタイピングの事例が少なく、説得力のあるストーリーを語るにはどうすればよいか試行錯誤していたからです。スペキュラティヴデザインやデザインフィクションの歴史や事例なども調査しながら、少しずつ書き進めていました。20年の春ごろにある程度骨子が固まったので、読者の反応も見てみたいと思い、4万字くらいの記事を「note」で公開しました。それがけっこう評判が良かったので、方向性は間違っていないと思い、それに肉付けして完成させたのが「未来は予測するものではなく創造するものである」です。

 ただ、その記事の反響があったこともあり、その後実際にSFプロトタイピングをやってみようとお声がけいただく機会が増えました。書籍には自分の体験も追記すべきだと考え、自分で事例を作りながらその事例を書くという非常に非効率的な段取りになってしまい、結局、執筆には1年ほどかかりました。

photo 樋口さんの書籍「未来は予測するものではなく創造するものである――考える自由を取り戻すための〈SF思考〉」の書影

大橋 樋口さんが書籍を刊行されたのと同じ時期に、SFプロトタイピングに関する書籍がいくつも出てきました。こんなに出ると思っていましたか?

樋口 予測していませんでした。でも情報はぽつぽつと出ていたので、やってみようという雰囲気は少しずつ増している印象はありました。19年以前から、みんなSFプロトタイピングやデザインフィクションの存在は知識としては知っていたけれど、特に言及するものではないという雰囲気がありました。そこにWIREDや僕がSFプロトタイピングについてかなり肯定的に取り上げたり、実際に事例を作ったりしたことで、周りの人たちの背中も押されていったのかなと思っています。

大橋 WIRED VOL.37(コンデナスト・ジャパン/20年6月)の特集が「SFがプロトタイプする未来」でした。

樋口 WIREDから「SFプロトタイピングの特集をやるので書いて欲しい」と依頼されて書いたのが「踊ってばかりの国」です。あれは企業などとコラボレーションして書いたわけではないので、純粋なSFプロトタイピングとはいえない気がしますが、SFプロトタイピングが広がる前夜のプレゼンテーションのような位置付けだったのだと思います。

 作風としてSFプロトタイピングと呼べるような作品を書かれている書き手はもともと多くいます。それらの作家をいったんSFプロトタイピングという文脈に入れることで、これまでには見えてこなかった可能性の回路が見えてくるという意味で有意義な試みだったと思います。具体的には藤井太洋さんや柞刈湯葉さん、上田岳弘さん、津久井五月さん、吾奏伸さん、石川善樹さんなどですね。WIREDがそのようなSF作家に声を掛けてSFプロトタイピング特集を実施しました。

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