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SF作家・樋口恭介さんに聞く、SFプロトタイピングのいま 「パワポで企画書を作る」が「SFを書いて見せる」になる?「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(2/3 ページ)

» 2022年06月17日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

企業はいままで「資本至上主義の外側」を考えたことがない
いま、未来を考えないといけない時代に来ている

大橋 樋口さんが最初に手掛けたSFプロトタイピングはどのような事例だったのですか?

樋口 企業から声が掛かるようになったのは、20年の5月ごろです。noteに書き出して少したったあたりですね。ベンチャー企業など、何社か連絡がありました。

 公表できるものでは、大企業向けに事業創出や新規事業のコンサルティングを手掛けるアーキタイプ(東京都港区)という企業でのプロジェクトがあります。「SFを活用して未来を探索するようなことをやりたい」と依頼がありました。

 打ち合わせを重ねる中で、「成果物はSF小説ではなく、動画がいいかもしれませんね」となったのですが、動画は予算的にも見せ方的にも難しいことがあり、最終的にはマンガになりました。

 マンガを描いたのは、WIREDでも活躍している北村みなみさんです。僕はもともと北村さんの読者で、SFプロトタイピング的なもののセンスがあると思っていたので推薦しました。完成したマンガは、アーキタイプのWebサイト「ナラティブ・ラボ」に掲載されています。

 僕は、そのプロジェクトではスーパーバイザーという位置付けで参加しました。プロットを考えるほか、プロットに即して取材した方がいい作家や研究者の名前などを挙げました。僕は取材そのものには関わりませんでしたが、プロジェクトとしては情報科学者の暦本純一さんなどさまざまな分野の専門家に取材して進めました。

大橋 このプロジェクトはどれくらいの期間で完成させたのですか?

樋口 締め切りは決まっていなくて、ひたすら雑談しながらだったので、1年半くらいかかりました。

大橋 他にはどのような事例がありますか?

樋口 あとは小岩井乳業(東京都中野区)ですね。これは僕が参画している企業の、anon(東京都港区)が実施した事業でのプロジェクトです。SF作家との創作や議論を通じて社員のアイデアを引き出し、新製品や事業企画などにつなげることを狙って「2030年の乳業メーカー」をテーマにSFプロトタイピングを行いました。これには作家の八島游舷さんと麦原遼さんをお誘いしました。

 小岩井乳業の社員さんと2〜3回打ち合わせをしながら、SF小説を書いて提出して、また議論して、ということをしました(ただし、SF小説は非公開)。

大橋 小岩井乳業はSFから遠い、レガシーな企業だと思います。そのような企業がSFプロトタイピングに注目したのはどうしてなのでしょうか?

樋口 僕の考えでは、小岩井乳業に限らず大企業に共通している課題として、SDGsやESG投資の存在が大きいのではないかと思います。企業はSDGsを本気で考えないといけない時代に来ています。でも、多くの企業は今までSDGsといった「資本至上主義の外側」について考えたことがなく、それが大きな悩みの種になっています。まったく新しいことを考えないといけない状況のなかで、SFプロトタイピングのようなまったく新しい考え方や手法も試してみよう、というのがSFプロトタイピングに向けられる一番のニーズではないかと考えています。

今はバズワード。やがて「SFを書いてプレゼン」が選択肢になる?

大橋 SFプロトタイピングの現状をどう捉えていますか?

樋口 SFプロトタイピングに限らず全てのバズワードがそうですが、まず概念だけが広まり、その後実際に試され、幻滅期に入り、下火になっていきます。例外的に一部のバズワードがちゃんとコモディティ化(一般化)して普及することで定着することもあります。例えば「デザインシンキング」は手法が確立されて、その効果や実際のプロダクトが増えていることから、バズワードではなく定着していると思います。

 技術で言うと「ビッグデータ」「クラウド」「IoT」なども当初はバズワードでしたが、同様の流れで定着しています。「メタバース」や「Web3」(Web3.0)はまだよく分かりませんが、これらの概念も、幻滅期なども通過していきながらやがて定着するのではないかと思います。SFプロトタイピングもいまはまだバズワードの一つだと考えています。

 SFプロトタイピングは夢のようなツールと思われているふしがあり、明らかに概念の広まり方と実態が乖離しているので、これもそろそろ幻滅期に入り、そのうち落ち着いていくことになると思います。

 事業の案件としてのSFプロトタイピングはまだバズワードですが、文化としては既に定着しつつある気がします。SFプロトタイピングからSFに入ったという人も最近はいて、いきなり自分でSFプロトタイピングをやってみたいという人は増えています。「SFを書いてみよう」「自分がやっていたことはSFだったんだ」と考える人がたくさんいるのです。そのような流れの中で、何らかの形でビジネスも含めた社会活動とSFをつなげる人は増えていくと考えています。

大橋 それはとても分かります。僕も「実はSFを書いている。それが仕事の役に立つのなら活用したい」というアプローチで相談を受けることがあります。

樋口 今、多くの人がPowerPointで企画書や報告資料を書いていますが、そのうち「SFを書いて見せる」という選択肢が普通になる世界が、バズワードとしてのはやりが終わった後に来ると思います。

大橋 確かに、コンサルタントはストーリーを描いてプレゼンテーションをすることが多くなって来たと聞きます。そうした使い方が増えるだろうということですね。

樋口 そうです。今は「SFプロトタイピングやります」と宣言してからフィクションを書くという順番ですが、その宣言がなくても、プレゼン資料として突然フィクションが出て来てもOKという雰囲気になると思います。小説に限らず、動画やマンガやイラスト、ちょっとした小噺(小ばなし)、もしかしたら演劇や漫才などもあるかもしれません。今後もその傾向は強まるのではないでしょうか。

大橋 それはいいですね。

樋口 企画書に突然フィクションが出て来ても、誰からも怪訝(けげん)な顔をされないこと。SFプロトタイピングが目指すべき直近のゴールはそこなのかもしれない、と最近は考えます。

大橋 地味に広がり、みんなが使えるツールになった方がいいと僕も思います。

樋口 SFプロトタイピングはもともと、デザイナーがやっていた「プロトタイピング」という概念のSF版です。企画書もなく、いきなりスケッチやモックアップを作るプロトタイピングだって最初の頃は怪訝な顔をされていたと思います。でも、今はプロトタイピングが当たり前になっている。SFプロトタイピングもプロトタイピングがたどって来た道を追うように、当たり前のものになると思います。

大橋 逆に、SFプロトタイピングの課題をどうお考えですか?

樋口 現状はバズワード化しているので、「SFプロトタイピングやります」が自己目的化していることだと思います。本質的ではない使われ方をしていて、そのために効果が発揮していないと感じます。

大橋 よく分かります。期待値だけが高い状態ですよね。かつ、SF作品を作ることが目的になっています。SFプロトタイピングはアウトプットが目的ではなくて、そこまでのインプットが目的だということがあまり理解されていないと感じます。

樋口 そうです。「SFプロトタイピングやります」から始まるプロジェクトが増えるのはリスクだと思います。新しいものはどんなものでもやがて幻滅期を迎えますが、「SFプロトタイピングってなんか思ってたのと違うな〜」という幻滅があまりにも大きく、「ただのはやりだったね」となってしまい、SFプロトタイピングが包含する全ての可能性を含めて「使えないもの」認定されてしまうことを危惧しています。

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