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SF作家・樋口恭介さんに聞く、SFプロトタイピングのいま 「パワポで企画書を作る」が「SFを書いて見せる」になる?「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(3/3 ページ)

» 2022年06月17日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]
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SFプロトタイピングをツールとして活用する

大橋 僕はSFプロトタイピングで生まれたSF小説は公開した方が良いと考える派ですが、樋口さんは表に出さない方が良いと考える派ですよね。

樋口 そうですね。どちらかといえば表に出さない方がいいと思います。SFプロトタイピングのアウトプットは、作品として完成されているとはいえないものが多い気がするので。というか、そもそも作品として完成されている必要もないと思うので、品質を高める目的や作家性といった権威付けをする目的でSF作家に依頼する必要性もないと思います。

 そのあたりの考え方は一般的なコンサルティングと近いです。コンサルは1つのプロジェクトで大量の資料を作るのですが、それは検討のための資料であって、最終的なアウトプットではありません。だからそれらの資料が表に出ることもありません。検討資料というのは思考を深めたり、議論を深めたり、ステークホルダーに情報を共有するといった用途で使う、プロジェクトを前に進めるためのツールでしかありません。SFプロトタイピングもプロトタイピングですから、検討素材の位置づけであって、それ自体が完成品ではありません。だから、これを鑑賞してくださいというのは、ちょっと違うのかなと個人的には思っています。

大橋 公にするかしないは別にして、ツール化はして欲しいと思います。

樋口 アウトプットでいえば、小説でない方がいいかもしれないですね。マンガとか、1分くらいのショートムービーとか。小説を読んで思考を深めるというのはけっこう特殊な技術が必要だと思っていて、人間はやっぱり動画とかマンガとかの方が情報を得たり、そこから考えたりするハードルは低いと思うんですよ。

 SF小説の面白さは、読むことで能動的にその世界に入り込み、読者の現実が書き換わることです。でも、SFプロトタイピングで書かれるSF小説ではそれがなかなかできない。SFプロトタイピングのアウトプットは面白味のないものになる可能性が高いんです。SFプロトタイピングの主眼は読むことではなく、書きながら議論することだと思うので、読み手としてどうというより、書き手として、プロジェクトに関わる者としてどうということだと思うのです。アウトプットはやはり一般的なSF小説とは少し違う着地点になることも多いので、公開することで作家や企業が“スベる”可能性があり、公開しない方がいいと思います。

大橋 面白味がない、というのはある意味では同感です。企業ありきのストーリーになるのは事実ですよね。また、現実が書き換わるものを持ち出すと「それを企業として公表してもよいのだろうか」と議論が始まる。ただし、僕としてはそんな議論をすることも大切だと思っていますけどね。

樋口 議論は大事です。みんなでシミュレーションすることが大事です。とはいえやはり、アウトプットはアメリカの1950年代のアイデアストーリーっぽくなる傾向があるので、SFとしては古く感じます。

大橋 確かに。

樋口 それは、僕自身の作品もそうだし、どれだけすごいと評価されているSF作家に書いてもらっても同じな気がしています。

大橋 そうなるとSFプロトタイピングが書けるSF作家も限定されて来ると思います。

樋口 僕も限られて来ると思います。SFプロトタイピングをするとき、SF作家は自分の作家性みたいなものは追求しない方がいいと考えます。そこにキャリアを作らない方がいいと思います。

 僕の中でSF作家とSFプロトタイピングの書き手が混ざる時期もありましたが、今は分けていますし、そうあるべきだと思います。

大橋 僕はSF作家ではないので、コーデイネートするだけで、実際に書くのはSF作家にお願いています。樋口さんはSFプロトタイピングに関わる時、書き手で行くのか、コーディネーターで行くのか。どちらの部分で関わって行くのですか。それとも両方でやって行く?

樋口 ケースバイケースですね。「自分が書きたい」と思ったときや、議論が盛り上がりすぎて「これは自分の脳内にしかない」となったら自分で書きます。

 ただし、僕の能力としては、コーディネーターの方が高いと思うので、そちらの方にウエイトを置くことが多くなるかもしれません。というのは、世の中的にはSFとビジネスの両輪でプロジェクトをコーデイネートができる人が少ない印象があるからです。社会的にはそちらの方が求められている気がするので、僕はそちらをやった方がいいと思っています。

 SF作家の知り合いは多いので、執筆はSF作家に任せることが多くなると思います。

大橋 SFプロトタイピングの書籍の続編は出さないのですか?

樋口 SFプロトタイピングのことは語り尽くしたので、もう出さないと思います。インタビューなどでSFプロトタイピングについて聞かれると答えますが、書籍という形にする気はあまりないですね。

「Webは創造の場であって欲しい」 樋口さん発のコミュニティー

大橋 最後に、樋口さんは、SFプロトタイピングやスペキュラティヴデザイン、ディープテック周辺で情報交換しあうコミュニティーを最近「Discord」で作りましたよね。

樋口 そうですね。正確にはanonの事業の一環で、anonのメンバーでもあるSF作家の青山新さんの発案です。青山さんと議論しながら方向性を定めて、一緒にやり始めました。DiscordはTwitterのように出入りが自由で、かつTwitterとは違って濃密な議論ができるので楽しいツールだなと思っています。多様な分野のスペシャリストが交流しながら創発を生み出す場所にしたいと思っています。

 当初はSFプロトタイピング周辺の見知った作家や研究者や事業家の方々に声をかけて入っていただいて、なかなか意識高めの場所だったのですが、最近はフューチャリストや魔術師や魔女、謎のインターネットユーザーなども入ってきており、いい意味でよく分らない場所になってきていて活気があります。

 僕にとって、Webというのはそもそもプロセスの場でした。昔のWebは、見ず知らずの他人がトピック単位で集まって、だらだらと雑談しながら「それいいね」と言い合って何かが生まれるような、牧歌的な空間でした。今のWebはSNSがメインになって、気に食わない人をさらしてリンチする場でしかなくなっていますが、僕にはやはり、Webは創造の場であって欲しいという思いがあります。だからいまやっているDiscordのコミュニティーでは、制作途中のものもシェアできればいいですね。成果物になる前の第一歩のものがシェアされて、雑談しながらブラシュアップされていく場を作りたいと考えました。SF小説でも、デザイン的なものでも、サービス的なものでも、何でもウエルカムです。

大橋 樋口さんのTwitterアカウント(@rrr_kgknk)から連絡すれば参加できますか?

樋口 フォローしなくてもDMを送ってくれればOKです。このようなコミュニティーに興味がある人は参加してみてください。

大橋 実は僕も参加させていただいています。本日はとても興味深いお話、ありがとうございました。


 樋口恭介さんは、早くからSFプロトタイピングに着目し、実践して来た方です。だからこそ、SFプロトタイピングに可能性を感じつつも、課題もあると見ていると思いました。

 SFプロトタイピングがイノベーションのためのツールとして認識される世界の実現に向けて今後も活躍されると思います。

 SFプロトタイピングに興味を持った、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

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