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SFを使えば上司に異論を唱えやすい? 慶応大准教授に聞く「SFプロトタイピング」の活用法と課題「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(2/3 ページ)

» 2022年07月27日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

「SFプロトタイピングはどう効果的か」を科学的に評価する

大橋 大学の研究者が、企業と共同研究をしたりアドバイスしたりすることはよくあります。大澤さんも今後、SFプロトタイピングの活用を考えている企業や組織に協力するのでしょうか?

大澤 SFプロトタイピングには継続して取り組んで行きます。ただし私の立ち位置は研究者なので、特に研究や分析の観点での協力が中心になると思います。例えば私の研究室メンバーで博士課程の峯岸朋弥さんを中心に、SFプロトタイピングを評価するためのソフトウェアを開発しています。

大橋 そのソフトウェアについては、前に話を聞いてとても興味を持っていました。SFプロトタイピングの評価とは、どのようなものでしょうか?

大澤 このプロジェクトは「責任ある研究とイノベーションを促進するSFプロトタイピング手法の企画調査」(※3)というものです。まだ研究中ですが、プロトタイピングの参加者がどのように価値共創しているかを参加者の会話や行動、意識、創出結果から分析します。知識工学者や認知科学者、美学研究者、アーティスト、サイエンスコミュニケーターと一緒に進めています。

※3後援はJST RISTEX「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」

大橋 どのように分析するのですか? また分析すると何が見えてくるのでしょうか?

大澤 さまざまな手法で分析しています。例えばWebアプリケーションを使って、参加者が均等に発言できているか、特定の人の発言ばかりに偏っていないかを計測します。また意見を記録することで、出たアイデアの評価や、そのアイデアがどれだけイノベーティブなのかを振り返れます。さらに、そのアイデアはどのように生まれたのかを活動の履歴からたどることも可能です。その他、SFプロトタイピングによって作られた作品の評価も行っています。

 ただし、意見やアイデアを評価するのは簡単ではありません。海外でも評価システムに取り組んでいる人はいますが、やはり難しいようです。しかしSFプロトタイピングを一過性の流行で終わらせないためには、どの点が効果的なのかを科学的に分析することが重要だと考えています。そこは研究者として貢献したいところです。

大橋 SFプロトタイピングを実施しても評価ができないと、SFプロトタイピングはブームに終わり、続かないと思います。そういう観点から、大澤さんの取り組みはとても意義のあることですね。

SFを使えば、社内の部署間コミュニケーションを促進できる?

大橋:SFプロトタイピングの評価は重要ですが、SFプロトタイピングのゴールがイノベーションを起こすことなら、評価できるのは早くても数年先になります。そこも難しいですね。

大澤 SFプロトタイピングで新規事業の創出を目的とした場合、長期的な評価は正直難しいです。ただしSFプロトタイピングは新規イノベーションの創出だけでなく、人材育成の役割も大きいと思います。

 出てきたアイデアが事業に使えなくても、いろいろな分野の人たちがお互いに意見を交換すればネットワークができます。そこでお互いを知れるのは大きなメリットでしょう。

 従って、SFプロトタイピングは社内の部署間の交流にも向いていると考えています。「弊社は部署間のコミュニケーションは取れています」というのなら問題はありません。でも、企業の規模が大きくなると、他の部署が何をやっているかよく分からない。すると従業員は、企業が向かうべきビジョンや自身の役割に迷ってしまうでしょう。部署をまたいでSFプロトタイピングをすると、ビジョンに対する部署の位置付けや役割などが見えてくるはずです。

大橋 僕もそう思います。どの企業でも部署をまたいでのつながりを重視しています。そのため「オープンスペースで自由な形でミーティングをしている」という話もよく聞きます。ただ、そのミーティングで何を共通のテーマにするのか、というのは難しいと思うんです。SFは小説を読んでいなくてもテレビや映画で触れる機会が多いですし、研究者とも親和性は高いので、SFを話題にして語り合うことは有意義でしょう。

photo SFプロトタイピングの風景。峯岸朋弥さんらが開発したソフトウェアを使い、22年3月に山梨県北杜市で実施した。

SFプロトタイピングは、作家がいなくても自分たちで実践できる

大澤 SFプロトタイピングは作家が関わらなくても実施できます。社内で小さなレベルのSFプロトタイピングをどんどんやった方がいいと思います。SF作家の樋口恭介さんも似たことをおっしゃられていましたが、内部で「SFプロトタイピングをやってみようか」と数時間でやってみる。それはとても効果が高いはずです。その時、難しく考えずにコミュニケーション手段の一つだと思ってザックリとやるのが大事です。

大橋 確かに、従業員が自分達でできるプログラムを用意しておく必要はありますね。ではSFプロトタイピングに取り組む時のアドバイスはありますか?

大澤 SFプロトタイピングを行う段階では、チームにいろいろな人を入れることが大切です。例えば「チームに女性も必要だから」と機械的に女性を1人加えると、過度に責任を負わされてしまうので女性は2人以上は入れる。理系、文系と特定の分野に偏らないようにする。こうしてさまざまな人がいて、お互いに話せるような枠組みを作るのが重要です。そうした人たち同士で気軽にSFプロトタイピングを活用すれば、コミュニケーションを取るでしょう。

社内ヒエラルキーのせいで普段は言えない意見も、SFを通せば出しやすい

大橋 実際にSFプロトタイピングを行っていく中で、日本ならではの傾向などはあるのでしょうか?

大澤 社内ヒエラルキーのせいで普段は言えない意見でも、SFプロトタイピングなら言いやすくなるというのは、日本で特に効果のある点だと思います。一般的な社内会議では立場が弱い若い人や少数派の女性は意見が言いにくく、上司の意見を直接否定しづらい状況が多々あります。でも間に物語を挟むと、「物語の問題点」「キャラクターの心情」という形で意見を言いやすくなります。言われた相手も「これはSFだから」と考えれば、異なる意見を受け入れやすくなる。両者にとってSFが触媒になる面があります。

大橋 僕もある企業のSFプロトタイピングで「2030年、あなたはどうされていますか?」と質問した時、「会社を辞めて、フリーランスの立場で仕事をしている」と答えた人がいました。事務局はその発言に慌てたようですが、僕は「SFなんだから本当に会社を辞めているかは関係なくて、そんな視点も面白いですよね」と返したことがありました。

大澤 そうです。意見が自由に言いやすくなることがフィクションの持つ良さの一つだと思います。先ほど挙げたCSIでも、いろいろな専門家が意見や異論を出し合って、お互いに情報を交換していました。

 一つ加えるなら、ストーリーを作って終わりにしないということです。CSIのSFプロトタイピングでは、作ったストーリーに対してさらに専門家がコメントを加え、それを含めて成果にしていました。そのコメントも、助言もあれば批判的な意見もあっていい。物語にはそうした開かれた良さがあると思いますし、そうした効果を視野に入れた設計が重要です。

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