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SFを使えば上司に異論を唱えやすい? 慶応大准教授に聞く「SFプロトタイピング」の活用法と課題「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(3/3 ページ)

» 2022年07月27日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]
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「何でもかんでもSFプロトタイピング」になっている そこに課題がある

大橋 世界のSFプロトタイピングの現状について、アリゾナ州でSFプロトタイピングの最前線を見てきた大澤さんに教えていただきたいと思います。

大澤 いまはSFプロトタイピングの方法論がまだ明確に決まっていないので、さまざまな場所で、多彩なやり方が試されている状態です。スペキュラティブデザイン(問題解決ではなく問題提起のためのアートデザイン)やシナリオプランニング(将来起こるかもしれない複数のシナリオを描いた上で、想定した出来事への対処法を導きだす手法)のように、アートやビジネスの分野で類似の試みが行われています。アメリカ以外にもスウェーデンやフランス、中国でも取り組んでいると聞きます。私は22年の夏にドイツから人を招いてSFプロトタイピングのワークショップを行う予定です。

 日本でも、それぞれの専門家が専門性に合わせてやりやすい方法で取り組んでいるので、細かいものも含めるとかなりの事例数になると考えています。ただ、SFプロトタイピングは公開されないケースも多いため、全体像が把握しづらいといえます。

大橋 SFプロトタイピングが公開されないことで、SFプロトタイピングの認知が広がらないというデメリットがあると思います。この連載でも、できるだけ事例を取り上げていきたいです。それ以外のSFプロトタイピングの課題をどう考えていますか?

大澤 SFプロトタイピングが徐々に広がったことで、何でもかんでもSFプロトタイピングと解釈されてしまっている点は少し気になっています。私自身としては、それぞれの活用方法にどういった効果があるのかを研究を通じて示すことで、そうした課題の解決に貢献したいと思っています。

SFコミュニティーの「想像力」を社会に発揮できる場面が増える

大澤 SFプロトタイピングの課題については、作家を消耗してはならないとも強く思います。作家の方に参加していただく場合、一般的な小説よりも作家に掛かる労力が大きいということを、SFプロトタイピングを主催する方々に理解しておいて頂きたいです。

 直接的な苦労だけでなく、作家さんのキャリアに影響する場合もあるので、あえてSFプロトタイピングから距離を置く作家もいます。作家としてもSFプロトタイピングに関わるメリット、デメリットがあることは、意識して取り組むのがいいのでしょう。

大橋 作家の中でもSFプロトタイピングに向き不向きがあると思います。どのような作家なら向いていると思いますか?

大澤 SFプロトタイピングでは、物語を作る上でのコミュニケーションの側面が重視されます。そのため、まず、コミュニケーションが得意な作家の方には向いています。またディスカッションすることで発想が広がる作家の方にもいいでしょう。

 逆に、ディスカッションが負担になるタイプの作家の方もいます。しかし「コミュニケーションが下手だから」「ディスカッションが苦手だから」といってSFプロトタイピングができないわけではありません。例えば短いワークショップでアイデアが出るタイプもいれば、じっくり考えるタイプもいます。後者の場合には、ワークショップの間隔を空けるのもいいですし、コミュニケーションを仲介する人の役割も重要になってくるでしょう。つまりSFプロトタイピングの設計次第だといえます。

 いずれにせよSF作家の方々にとって、自身の才能を生かす道として出版のような従来型の発表に加え、SFプロトタイピングという道も用意されているというのは、大きなメリットだと思います。

大橋 作家も向き不向きもあるし、やりたいか否かもあると思います。SFプロトタイピングに決まった方法はないので、作家に合わせることも必要でしょうね。

大澤 あと、SFコミュニティーにとってもメリットはあると思います。通常の創作活動では出てこないような才能を発揮する方も多く出て来ると見込んでいます。もともとSFは、さまざまな領域を横断する境界的な分野なので、自身の価値を積極的にアピールして立ち位置を決めていく、パフォーマーとしての才能を持った人が多くいます。小松左京さんや星新一さんはその代表ともいえますが、近年の作家さんでも、SNSなどのメディアをうまく使いこなし、自分をプロデュースしている方々が多数います。編集者や書評家など、作家以外の方でもそうした才能を持つ方もいます。SFプロトタイピングでは、作品自体の評価、という枠組みでは捉えきれないSFコミュニティーの「想像力」の価値を、社会に発揮できる場面が増えると思います。

クライアントと作家のどちらが著作権を持つのか?

大澤 考えるべき問題としては、著作権についてですね。クライアントと作家のどちらが著作権を持つのか。私は、作家が持つのが原則だと思っています。それは、作家にとって生み出した作品が重要という意味もありますし、プロジェクトの成果であるビジョンを作家が出版という形で世に出すことは、クライアントにとってもメリットがあると思うからです。

 クライアントが著作権をコントロールしたがる側面はあるでしょうが、例えば数年間の独占的出版権で対処するなど柔軟な対応があっても良いでしょう。もしクライアントが著作権まで買い取るなら、それを含めてギャランティーを払うべきだと思います。

大橋 著作権に関しては僕も頭が痛いところです。クライアント側は著作権を持たないと自由に使えないと考えていて、作家は自分の作品を取られるイメージがある。そもそもクライアントの意見を取り入れて生まれた作品なので、誰のものか明確化しづらいところはあります。

大澤 クライアントとの共同著作とするというのは、あり得る方法の一つだと思います。

大橋 そうですね、僕はどちらか一方が著作者になるのではなく、共同著作にした方が良いと思っています。でも、SFプロトタイピングの進行を担当する僕らのようなSFプロトタイパーは著作権からはみ出されることがあります。「あんたは関係ないだろう」と。すると僕も「こういうSFプロトタイピングを行いました」といえなくなってしまう。そこで、映画の製作委員会方式のように僕も関係者として表明できるようにすべきだと常に考えています。ここはシビアにやって行かないと、後々かなり大変なことになると思っています。

大澤 作品の著作権者が多くなることで作家が動きづらくなる面もありますが、いずれにせよ権利の範囲を明確化するのがいいでしょうね。クライアントの要望が広報活動で自由に使える権利ならそれは認め、作家は出版する権利、SFプロトタイパーは作品を手掛けたことを公表できる権利といった具合です。何がOKで何がNGなのかを実施前に契約書に明記し、疑問点はその都度確認していくのが良いでしょう。

大橋 それはいいですね。僕も今後、著作権と契約の整備はしていきたいと考えています。

物語作家は「炭鉱のカナリア」である その理由は?

大橋 最後にSFプロトタイピングの今後についてお聞かせいただけますか?

大澤 SFには、私たちが当たり前だと思っている世界の構造を疑う側面があります。こうしたSFは、多数派に抑圧された人々の問題点を発見する効果がある方法だと思っています。

 例えばジェンダーに関するさまざまな問題も、SFでは昔から取り上げられてきました。「スローターハウス5」などのSFで知られる作家のカート・ヴォネガットは、物語作家の社会的な役割を「炭鉱のカナリア」と例えています。つまり、現状の危険性に真っ先に反応して知らせられるということです。多様な人々が持つ問題意識を明らかにし、共有しやすいのもSFの良いところで、これはSFプロトタイピングでも着目していくべき側面です。

大橋 企業にとっても社会課題は無視できないので、必要な要素かもしれませんね。本日はとても興味深いお話、ありがとうございました。


 研究者でありながらSF作家でもある、という方は多くいました。しかし、大澤博隆さんはあくまでも研究者のスタンスでSFに着目する、まれな存在です。SFプロトタイピングを科学的に捉え、その視点から語る有効性には説得力があります。また、SF作家ではないからこそ著作権など作家を守る姿勢も打ち出せるのでしょう。今後もSFプロトタイピングについての情報発信をしていくとのことなので、引き続き注目しておきたいです。

 SFプロトタイピングに興味を持った、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。

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