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SFを使えば上司に異論を唱えやすい? 慶応大准教授に聞く「SFプロトタイピング」の活用法と課題「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(1/3 ページ)

» 2022年07月27日 07時30分 公開
[大橋博之ITmedia]

 こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。

 この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語ります。SFプロトタイピングは、SF的な思考で未来を考え、実際にSF作品を創作して企業のビジネスに活用することです。

 今回はSFプロトタイピングの解説書を2冊手掛け、慶應義塾大学でAIなどを研究している大澤博隆さん(准教授)にSFプロトタイピングの現状と課題についてお伺いしました。大澤さんは日本SF作家クラブの理事も務めています。

大澤博隆

 2009年、慶應義塾大学大学院 理工学研究科 開放環境科学専攻で博士課程を修了。22年から慶應義塾大学 理工学部管理工学科准教授と、筑波大学システム情報系客員准教授を務めており、両大学にまたがるヒューマンエージェントインタラクション(HAI)研究室の主宰者でもある。HAIや人工知能(AI)を幅広く研究している。

 その他、人工知能学会や情報処理学会、日本認知科学会、ACMなどの会員で、日本SF作家クラブの理事。

photo 大澤博隆さん

SFプロトタイピングの理解が、「SFの活用方法」を明確にした

大橋 大澤さんは、SFプロトタイピングの解説書を2冊(下記)も手掛けています。AIの研究者である大澤さんが、どうしてSFプロトタイピングに関わることになったのですか?

  • 「SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略」(共著/早川書房)
  • 「SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル」(監修/ダイヤモンド社)
photophoto 左から、SFプロトタイピング: SFからイノベーションを生み出す新戦略、SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル

大澤 2014年に人工知能学会で表紙問題(※1)が起きました。この時、私は工学研究者として人文系の研究者と対話すると同時に、明治大学の福地健太郎さん(専任教授)やSF作家の長谷敏司さんとニコニコ学会βでこの表紙問題を特集しました(長谷さんはその後、人工知能学会の倫理委員会メンバーにもなりました)。

 こうした経緯で研究者たちとSF作家とのネットワークができ、そこからAIとSFをテーマにしたプロジェクト「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション(※2)がスタートしました。このプロジェクトではAIとSFの関係性を調べるだけでなく、SFを使って未来のビジョンを考えるというSFプロトタイピングに近いこともテーマでした。

※1表紙問題:人工知能学会誌の表紙イラストに関する議論のこと。人を模したロボットが充電ケーブルにつながれ、箒(ほうき)を持って掃除するイラストが表紙になった。このイラストに対して「古典的な男女の労働役割や性役割のステレオタイプに基づいている」「ケーブルにつながれていることは、女性置かれた立場の弱さを示唆している」と問題視された。

※2 後援は科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発センター(RISTEX)による研究領域「人と情報のエコシステム」

大橋 そのプロジェクトはいつスタートしたのですか?

大澤 18年の2月ごろから準備をはじめ、開始したのは10月です。その時は、SFプロトタイピングというよりデザインフィクションという用語で呼んでいました。他のプロジェクトでは、フューチャープランニングや未来洞察といった類似の試みもありました。

 SFプロトタイピングという言葉については、西中美和さん(当時:総合研究大学院大学 教授/現在:香川大学 大学院地域マネジメント研究科 教授)の影響が大きいです。18年10月にコンピュータ分野におけるSFの影響に関するセミナーを実施した際に、西中さんをお招きしてSFプロトタイピングの国内外での研究状況を教えていただきました。その後、19年6月に「人工知能学会全国大会(第33回)」で、私が「未来社会の知能・虚構・リアリティ」という企画セッションを行った時、西中さんも「Future Prototyping Methodology - Well-beingを目指す未来価値共創」と題した企画セッションを実施していて、そこで詳しい研究内容を聞きました。

 西中さんは、SFプロトタイピングを研究しているアリゾナ州立大学「サイエンス・イマジネーション・センター」(CSI:Center for Science and the Imagination)を訪問したことがあり「ここはSFプロトタイピングをしっかりと研究をしている」と話していました。

大橋 大澤さんもCSIを訪れたことがあるのですよね。

大澤 はい。三菱総合研究所が50年後の未来を考えるプロジェクトを進めていて、そこで知り合った関根秀真さん(三菱総合研究所 未来構想センター長)、藤本敦也さん(三菱総合研究所 シニアプロデューサー)、プロジェクト研究員だった宮本道人さん(博士/科学文化作家)のメンバーで、コロナ禍直前の20年1月27〜28日にCSIを見学しました。CSIで私たち自身もSFプロトタイピングを体験し、これは日本でも有効だと考えました。(参考:三菱総合研究所「「アリゾナ流SFプロトタイピング」に学ぶ」)

大橋 三菱総研との関りからSFプロトタイピングに入ったと思っていたのですが、それだけではなかったのですね。

大澤 ある時点で明確な区切りがあったわけではありません。技術を披露するためにSFを使うのと、SFを使ってビジョンを作ることの区別が、私自身がいろいろ試みる中で明確になっていった感じです。

 例えば、13年から人工知能学会と日本SF作家クラブがコラボをして、学会誌にSFショートショートの連載しており、私も途中から携わりました。その時はSF作家にAIの資料を見せて想像力を刺激できるよう考えながら進めたのですが、これもSFプロトタイピングとは少し異なる試みです。とはいえ、一般的な“技術広報”だけではないSFの活用方法を示せたと考えています。SF作家クラブとコラボした連載は書籍「人工知能の見る夢は AIショートショート集」(文藝春秋/17年)として出版し、その際に私は編集担当として研究者目線で内容を分類した上で、専門家に解説を依頼しました。

 このように、SFと社会の関係をいろいろ考えるうちにSFプロトタイピングとしてのSF活用にたどり着いていった感じです。

大橋 それはとてもよく分かります。僕も清水建設さんと日本SF作家クラブがコラボをした「建設的な未来」を19年に始めましたが、SFプロトタイピングを知ったことで、SFが企業の未来ビジョンの役に立つと自信を持ちました。

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