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「ローミング」は通信障害の救世主になり得るか? 実現に立ちはだかる“3つの壁”(3/3 ページ)

» 2022年07月29日 08時00分 公開
[佐野正弘ITmedia]
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「SIMなし緊急通報」に立ちはだかる3つ目の壁

 そうしたことを考えると、コアネットワークで通信障害が発生した時の備えとしてはローミングよりもまず、いかに他社回線を通じて緊急通報だけでもできるようにする仕組みを確立できるかが重要になってくるように感じる。

 実際、現在のスマートフォンには、SIMを挿入しない状態でも緊急通報ができる仕組みが備わっている。これを活用することで、契約していれば命に関わる最小限の通信は確保できるはずだ。

多くのスマートフォンにはSIMを挿入していなくても緊急通報ができる仕組みが用意されているのだが、日本では利用できない

 だが実はこの機能、他の多くの国では利用できるのだが日本では利用できない。その理由は法律の壁があるためだ。というのも緊急通報を扱う機器は「事業用電気通信設備規則」でその条件が定められており、以下の4つに適合することが求められている。

一 緊急通報を、その発信に係る端末設備等の場所を管轄する警察機関等に接続すること。

二 緊急通報を発信した端末設備等に係る電気通信番号その他当該発信に係る情報として、総務大臣が別に告示する情報を、当該緊急通報に係る警察機関等の端末設備に送信する機能を有すること。ただし、他の方法により同等の機能を実現できる場合は、この限りでない。

三 緊急通報を受信した端末設備から通信の終了を表す信号が送出されない限りその通話を継続する機能又は警察機関等に送信した電気通信番号による呼び返し若しくはこれに準ずる機能を有すること。

四 インターネットプロトコルを用いた総合デジタル通信用設備に関する前号の呼び返しを行う場合にあつては、次に掲げる機能を有すること。(詳細は省略)

 これらを見ると、主に「通報した場所を管轄する警察などの機関に電話をつなぐ」「機関に通報者の番号などを通知する」「通報後も通話を継続できる、あるいは機関側から通報した人に電話を発信できる(呼び返し)」といった要素が求められていることが分かる。だがSIMが挿入されていない携帯電話は電話番号がないので、番号は伝えられないし呼び返しもできない。日本でSIMなしでの緊急通報が実現できないのはそうした理由があるためだ。

 そしてこの法律の問題こそが、非常時のローミングの実現に向けて立ちはだかる、非常に大きな3つ目の壁でもある。なぜならローミング時にも警察や消防などから呼び返しできることが求められるが、今回のKDDIの通信障害のケースではコアネットワークの音声通話に関する部分に障害が起きているため、呼び返しのため他社回線を経由してKDDIのネットワークに接続したとしても、やはりKDDI側で処理ができずそれに対応できないからだ。

 それゆえ大規模通信障害発生時のローミングにせよ、SIMなしでの緊急通報にせよ、その実現に向けては法律も変えていく必要がある。そのためには緊急通報機関となる警察や消防を交えた議論が必要であるし、緊急通報の運用ルールも大きく変えていく必要があることから調整にも一層の難航が予想されるだろう。

 非常時のローミングは通信障害時に必ずしも有効に働くとは限らないが、大規模災害などでは大きな効果を発揮することは確かだ。またSIMなし端末からの緊急通報も、呼び返しができなくても命の危険に関わる非常時の通信を確保する上で重要なものだと筆者は感じている。先にも触れた通り通信障害はゼロにはできないし、その社会的影響は今後一層大きくなると考えられるだけに、行政や携帯電話会社には先に示した課題をクリアし、その実現に向けてはぜひ前向きな議論を進めてもらいたい所だ。

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