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コロナ禍で欠かせない「ヘルスパスポート」 中国では“治安維持に利用された”報道で市民監視への悪用指摘(1/2 ページ)

» 2022年08月04日 08時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

 新型コロナウイルスのパンデミックを抑えるために、ロックダウンなど人流を止める措置が取られてきた。その後ワクチンの開発と供給により「(ワクチンを接種することにより)感染リスクが少ない人々」を生み出せるようになった。しかし、彼らは見た目では判断できず、紙の接種証明書を常に持ち歩いてもらうわけにもいかない。そこで生まれたテクノロジーが「ヘルスパスポート」(Health Passport)だ。

 ヘルスパスポートは、対象となるユーザー(多くはアカウントの所有者自身)が健康であり、COVID-19のような特定の感染症にかかっていないこと、またその病に罹患(りかん)するリスクが少ないことを証明するためのテクノロジーである。日本ではワクチンの接種証明アプリなどで知られている。

 テクノロジー系調査会社の米Gartnerも、2020年時点で今後注目のテクノロジーとして紹介しており、その予測から2年が経過しようとしているいま、各地で実践が進んでいる。

ヘルプパスポートは2年未満で利用されるようになると予想していた

 一方、ワクチン接種を強制するものになったり、何らかの理由でワクチン接種ができない人に対する差別を促したり、プライバシーの侵害へとつながるなどの懸念が示されてきた。特に、市民の監視や移動の制限に悪用されるのではないかと問題視されている。そしてその恐れは、中国において現実になろうとしている。

治安維持に利用される中国の「健康コード」

 中国で20年に導入されたヘルスパスポート技術が「健康コード(Health Code)」である。中国のIT大手・AlibabaやTencentなどのIT企業が中国政府の要請を受けて開発したアプリで、ユーザーが個人情報を入力すると、その人が新型コロナウイルスに感染しているリスクを緑・黄・赤の3段階で表示する。個人の行動履歴や他人との交流に関する情報、医療機関からのパンデミックに関する情報を組み合わせて判断される。

 このアプリにはEUのデジタル証明書と同様、QRコードを(リスクの3段階と同じ緑・黄・赤のいずれかの色で)表示する機能が付いている。そしてこのコードをリーダーで読み取らせ、指定されたリスク条件をクリアしないと、さまざまな施設や交通機関などで入場を許可しない。

 アプリの使用は強制ではないとされているが、それに基づいて利用の可否を判断する施設が増えれば、住民たちは否が応でも使わざるを得なくなる。そのため既に多くの中国人が、このアプリをインストールしているとみられている。

動画「Chinese cities cooperating on health code systems」から引用

 いま中国では、この健康コードが一般的な「ヘルスパスポート」の概念を超えた形で利用されるようになっている。英フィナンシャルタイムズ紙の報道によれば、地方銀行に対するデモ行為を収束させるために、健康コードの色を恣意的に変更するという措置が取られたそうだ。

 この騒動が起きたのは中国・河南省で、あるときこの地域の4つの金融機関で、突然現金引き出しが停止されるという事態が発生した。これに対し、利用者たちは不満の声をあげ、実際の店舗に訪れて現金を渡すよう求めたり、抗議活動を行ったりする動きが見られた。すると突然、こうした動きに関係していたとみられる市民1000人以上の健康コードが「赤」に変更され、彼らは自由な身動きができなくなってしまったという。

 さらに地方銀行に対する抗議者だけでなく、財政難に陥っている不動産デベロッパーへの対策を要求する人々も、この行動抑制のターゲットになっていたと同紙は報じている。ある女性は自分が資金提供した不動産会社による建設が滞っているため、規制当局を訪れたところ、その後に彼女の健康コードは赤になってしまったという。この恣意的な運用が中国メディアをにぎわすようになると、再び緑へと戻ったそうだ。

 こうした事態に対し、ある関係者は「私たちはデジタルの手錠をかけられている」と表現したそうだ。健康コードを利用し、それが表示する色で「誰がこの施設やサービスを利用可能なのか」を判断する場所が増えれば増えるほど、このデジタル手錠はますます多くの行動を縛ることになる。

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