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放送はIP・クラウドに乗せられるか 総務省の思惑と放送局の正念場小寺信良のIT大作戦(1/2 ページ)

» 2022年08月13日 06時26分 公開
[小寺信良ITmedia]

 総務省は以前から、「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」にて、次世代の放送について検討を続けてきたが、この度、中間報告に対するパブリックコメントとともに資料を公開した

 守りの戦略・攻めの戦略の2つから成るが、大きな話としては、放送インフラのコスト削減のためにIP・クラウド利用を提言しているところである。

 現在テレビ放送は、ハード・ソフト両方を各局が独自負担しており、日本全国に電波網を構成している。NHKは全部自社負担だが、民放は地方局との提携によって放送網を維持している。こうした仕組みである以上、各局個別のハードウェアコスト削減は限界に達しており、それなら設備を共用化したらどうか、というわけだ。具体的なターゲットは第3章にあるように、マスター設備と、小規模中継局、いわゆる過疎地域への放送インフラだ。つまり頭とシッポ部分である。

photo 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」による中間報告案

 論理的・技術的には可能なのは分かるが、実務としての課題はどこなのか。今回はそのあたりを考えてみたい。

難視聴対策としてのIP

 現在テレビ放送は、関東エリアは東京スカイツリーから一気にドバッと電波を蒔いているが、地方では山の上などに建てた電波塔から各地域へ独自に電波を蒔いている。こうした電波塔は、NHKはすべて自前だが、地方局は各局持っていたり、共同で相乗りしたりといったパターンがある。

 一方こうした電波塔で受信しづらい山間部の小規模集落へ向けては、別の方法が取られている。設備としては、小規模中継局、ミニサテライト局、辺地共聴、農村型ケーブルテレビといったパターンがある。小規模中継局とミニサテライト局は電波中継設備で、出力規模によって呼び方が変わる。辺地共聴と農村型ケーブルテレビは、有線ケーブルによる伝送となる。

 このうち放送局側の設備は、小規模中継局、ミニサテライト局、辺地共聴だ。これらは難視聴対策設備として維持することが求められているが、維持管理コストの割には受益者が少ないという難点があり、地方局の負担となっている。これをIP網に置き換えるとどうなるか、「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」が取りまとめている。

 現在放送の再送信としては、ザックリ分けてRF信号(アンテナ線に流れている混合波信号)をそのままブロードバンド回線に流す方法と、IPに変換したデータで流す方法の2タイプがある。

 RF送信は、結局のところアンテナ線の代替なので、チューナーを使って分波しないと見られない。よって基本的にはテレビのアンテナ端子に繋いで見ることになる。一方IPデータは専用STBを使う方法と、スマホやパソコンなどのアプリから視聴する方法がある。図中のIPマルチキャストの例として「アイキャスト」とあるが、サービスとしては「ひかりTV」のことだと思っていただければいい。

photo 代替の選択肢となりうるネットワークのタイプ(「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」による取りまとめ資料)

 ここでポイントとなるのは、「放送・通信の扱い」欄だ。IPマルチキャストまでは、地方局による県域放送のイメージだが、IPユニキャストでは中央局からの直接配信となるため、通信扱いとなる。総務省がコスト削減案としてメインで検討しているのは、この方式だ。

 IPユニキャストの場合、すでに家庭までブロードバンド回線が敷設されているのかどうかでコストが変わる。新たに施設しなければならない場合は、従来方式の維持費との天秤になる。

photo すでにブロードバンド回線があるかどうかは重要

 その条件で試算したところ、小規模中継局およびミニサテライト局エリアについては、一定の地域で合理性がある。

photo IPユニキャスト方式の経済合理性推計

 ただこの方式は、要するに「TVerリアルタイム配信」みたいなものを全時間帯に拡大するようなものなので、いわゆる区域外受信となる。全国区のコマーシャルが山間部に流れても広告効果があるのかという問題や、地方局を経由しないため権利上流せない地域にもそのまま全部流れてしまうという問題がある。

 またテレビ放送は、NHK受信料さえ払えば、電波インフラそのものに消費者負担はない。だがIPユニキャストでは、各家庭にブロードバンド契約が必要になる。その状態は、「協会は、公共の福祉のために、あまねく日本全国において受信できるように」という放送法第十五条の規定とつじつまが合うのか。

 加えてこの方式で、いわゆる「受信器としてのテレビ」で番組にアクセスできるのか。リモコンのチャンネルボタンで放送局が選べるというUIじゃなくても、山間部に住むおじいちゃんおばあちゃんは困らないのか。

 恐らくこのへんは、介護・見守り等を含めた行政サービスの限界点とも絡めて検討が必要な部分で、放送局側だけでは決められないのではないか。少なくともこの中間報告案では、消費者側から見た問題点は検討されていないように見える。

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