ITmedia NEWS > 科学・テクノロジー >

検索の上位表示を公平にする新ランキングシステム 全コンテンツに最低限の露出と利益保証を付与Innovative Tech

» 2022年09月27日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

 米コーネル大学の研究チームが開発した「ナッシュ社会厚生ランキング(Nash Social Welfare Ranking)」(出典:Fair Ranking as Fair Division: Impact-Based Individual Fairness in Ranking)は、検索エンジンやレコメンドシステムなどにおいて、全てのコンテンツを公平に表示する新たなランキングシステムだ。経済学の知見に基づいたアルゴリズムで、ユーザーの満足を維持したまま、全てのコンテンツに最低限の露出と利益を保証し、公平性の担保を目指す。

提案するランキングシステムが書かれた論文のトップページ

 検索エンジンやレコメンドシステムなどのランキングインタフェースは、GoogleやYouTube、Amazonなどの主要なサービス含め、多様な分野で活用されている。

 これらランキングシステムは、ユーザーを満足させるために一部の人気コンテンツが上位に並ぶように計算アルゴリズムが組まれている。似たようなコンテンツばかり表示され飽き飽きしているユーザーも多いだろうが、これがユーザー満足の最大化を考えた結果である。

 一方で、消費するユーザーの観点だけでなく、販売や配信する供給側の観点を考えると、上位表示されなければ露出が減り利益を多く享受できないため、大きな不公平が発生しているのが現状だ。そのため既存のランキングシステムでは、利益が極端に少ないコンテンツが発生し、供給者は他のコンテンツに対して妬みを抱いたり、プラットフォームにコンテンツを提供するインセンティブを失ってしまう。

 そこで今回はこの課題に対し、ユーザーと供給側の両者にとって利益が得られる、ランキングにおける公正さの公理的な新たなシステムを提案する。この提案は、ランキングにおける公平性を資源の配分問題として新たに定式化する。食料などの限られた資源を、集団のメンバー間でいかに公平に配分するかという原理を応用したのである。

 まず公平性を簡潔に定義するために、「envy-freeness」と「dominance over uniform ranking」という公理を提案する。envy-freenessは妬みを抱くコンテンツが存在するべきではないという考えを指し、dominance over uniform rankingは全てのコンテンツが基準となる一様ランダムなランキングシステムで得られる利益よりも良い結果を得ているべきという考えを指す。

 これらの公理は、コンテンツ間の妬みをある程度払拭し、最低限の利益を全てのコンテンツに保証するというものである。

 これらの公理に従って、研究者らはまず、公平とされている従来のランキングアルゴリズムが、実は妬みを生んでしまったり、ある一定数のコンテンツについて最低限の利益すら保証できない可能性があることを理論的に指摘した。また、公平分配の原理である「ナッシュ社会厚生」(Nash Social Welfare、NSW)を用いた新しいランキングシステムを開発した。

 このアルゴリズムは、「envy-freeness」と「dominance over uniform ranking」を理論的に保証する、すなわちコンテンツ間の公平な利益配分を自動で達成するものである。

 このシステムを評価するため、合成データおよび実世界データを用いた広範な実験を行った。その結果、ユーザーの満足度を維持しながら、従来のランキングシステムよりも今回のシステムの方が全てのコンテンツにおいて利益が得られると分かった。また他のコンテンツの順位配分をほとんど妬まない利益の配分を達成した。

 これを既存のプラットフォームに適応した場合、例えばYouTubeに採用すれば、視聴者の満足度を維持しつつ、コンテンツ制作者に収益をより均等に配分できる可能性がある。Amazonに採用すれば、購入者により多様なアイテムを紹介でき、より多くの販売者が一定以上の収益を得られる可能性がある。

 従って、より長期的には、多くのコンテンツ制作者や販売者がプラットフォームに貢献し続けるため、多様な推薦を行い続けることができる。

 研究チームは、単一のハイパーパラメータによってユーザーの満足とコンテンツの公平性の間のトレードオフを操縦可能にする「α-NSW」と呼ばれる拡張版も開発した。

 日本語のスライド資料はこちら

Source and Image Credits: Yuta Saito and Thorsten Joachims. 2022. Fair Ranking as Fair Division: Impact-Based Individual Fairness in Ranking. In Proceedings of the 28th ACM SIGKDD Conference on Knowledge Discovery and Data Mining (KDD '22). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, 1514-1524. https://doi.org/10.1145/3534678.3539353



Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.