ITmedia NEWS >
SaaS セレクト with ITreview

クラウド活用が進まない中小の実態、原因は“社内カースト”に? 事例を分析(1/2 ページ)

» 2022年10月31日 11時25分 公開
[伊藤利樹ITmedia]

 日本のクラウド活用について、大企業ではある程度の普及が見られる一方、中小企業の進捗が悪いという声をよく耳にする。先日、中小企業の情報システム部門で管理職を務める友人と話す機会があったので聞いてみたところ、彼の勤務先でもクラウド活用が進んでいないとのことだった。

 友人によれば、原因は「有識者の不足」と「変化を嫌う文化」にあるという。詳しく聞いてみると、友人の勤め先に限らず、クラウド活用が進まない企業によくある課題が見えてきた。そこで本記事では、NTTデータで社内外のクラウド活用を推進してきた筆者が友人の事例を分析。中小でクラウド活用が進まない背景を前後編に分けて整理してみる。

著者紹介:伊藤利樹

NTTデータのエンジニア兼、コンサルタント兼、ビジネスディベロッパ―。セキュアにクラウドを利用するソリューション「A-gate®」を企画・開発し、世の中に展開している。また、クラウド利用体制の構築支援をライフワークのように実施。クラウドの基礎知識から利用時に決めるべきこと、作るべき体制、守るべきルールを伝え、世の中のクラウド利用を推進している。『DXを成功に導くクラウド活用推進ガイド CCoEベストプラクティス』の著者の一人である。

人が足りない情シスの「クラウドどころではない」忙しさ

 友人Aの会社はエンタープライズ業界の中小企業だ。中小企業といっても、それなりに栄えた駅前では彼の会社の店舗をよく見かける。中小企業基本法に照らし合わせるとギリギリ中小といった規模だ。大企業寄りの中小企業、と考えて差し支えないだろう。

 クラウドの利用状況は、IaaS、PaaSが利用なし。SaaSは「Microsoft 365」と他1システムのみ利用している。クラウド活用はほぼ進んでいないといっていい状況だ。

 ただ、全社的にクラウドの利用に否定的なわけではない。友人は、SaaSはもちろんのこと、IaaSやPaaSも使えるなら使いたいとしている。IaaSやPaaSを使えばハード故障やハード更改に対応しなくて済むし、SaaSを使えばアプリケーションのインストールや機能アップデートを自分でしなくて済むからだ。情シスは恒常的に人手不足なので、運用コストが下がる話は大歓迎という。

 しかし、IaaSやPaaSを使えるだけの知見が情シスにない。日々の業務に追われてスキルアップをする暇もないので、IaaSやPaaSでクラウドを使うのは夢のまた夢のような状態だそうだ。そこで、日々の業務について話を聞いたところ筆者は驚いた。

 まず業務内容は(1)「システム開発」、(2)「システム運用」、(3)「トラブル対応」──であり、一般的な情シスのイメージ通りである。

 「システム開発」では、ユーザー部門と共にシステム導入の検討を進め、ベンダーとの打ち合せに同席。“IT用語の通訳”と要件定義の推進をし、導入作業と導入後の社内サポートを実施する。

 「システム運用」では、システム/インフラの運行監視・管理と社内PCや社用スマホのセットアップを実施する。「トラブル対応」では、システムやネットワークトラブルの対応に当たる。

 ここまで聞くと普通の情シスのお仕事だ。しかし驚くことに、友人はつい最近までこれを一人でやっていたという。いわゆる「一人情シス」だ。システム開発をする傍ら、新入社員がいればPCとスマホのセットアップをし、店舗でネットワークトラブルがあれば駆け付けて対応する。何十とある店舗に加え、本社システムの面倒を一人で全て見ているわけだ。

photo

 簡単なトラブルに必要以上の時間を食われてしまうこともよくあるらしい。友人は店舗のルーターがハングアップ(処理落ち)したと思われるトラブルについて語ってくれた。

 問合せ内容からルーターのハングアップと当たりが付き、電源の抜き差しで解決するなと判断。しかし店舗によっては片道2時間掛かる場所にあり、なんとか現場の社員で対応してほしいところである。友人は以下のように説明したという。

 「PCに黄色い線(LANケーブル)がつながっていますよね? それをたどっていくと青いお弁当箱のようなもの(ルーター)があります。それの電源ケーブルを抜き差ししてみてください」

 この説明ならば非ITの社員でも分かりそうだ。しかし友人によれば、ルーターまでたどり着いて再起動してくれる可能性は50%。「これは無理だ」と判断して、片道2時間掛けてルーターを再起動してくることも多かったという。当然「システム開発」の業務は遅れていき、自己研鑚の余裕などはない。

 数年前にさすがに限界が来て、2人増員され「一人情シス」ではなくなったという。しかし増員メンバーはIT素人で「他の部署であまり活躍できず回されてきた」らしい。決められたことを言われた通りにやることはできるが、それ以上にはなかなかならない。配下2人の仕事を“おぜん立て”する必要があり、やはり自己研鑚の時間はなかなか取れないそうだ。なるほど、確かにこれは日々を凌ぐのに精いっぱいというのも分かる。

 大企業に近い規模の中小企業でありながら、なぜ情シスが小規模なのか尋ねると「稼いでいない部署は立場が弱い。優秀な人材は店舗や営業に当てられる文化なのだ」と教えてくれた。

 「さすがに長年いると社内で顔が利くようになり、優秀な人や情シスとしてやっていけそうな人は分かるようになる。情シスの管理職として人事異動会議でそのような人の獲得希望を出すが、うまくいくことはない。代わりに店舗ではなかなかうまくいかない、引き取り手が難しい人材が割り当てられる。『PCにアレルギーはないか?』くらいの配慮はしてくれるけども」と、友人は笑って話していた。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.