米国の著名投資集団であるYコンビネーターの創設者、ポール・グレアムが「Software is eating the world.(ソフトウェアが世界を飲み込む)」という発言をしてから10年以上が経過した。
朝起きたらスマホでLINEをチェックし、通勤中はNetflixで最新のドラマを見て、ランチの支払いはPayPayで、というふうに私たちの日常はその言葉の通りにソフトウェアに溢れている。ソニーのウォークマンや初期の携帯電話と違って、ハードウェアと機能は一体ではなくなり、各自の嗜好に合わせてソフトウェアをインストールして機能を追加して使用するのが当たり前になった。
企業の世界においても、オンプレミスと呼ばれるハードウェアとソフトウェアが一体となった高額のシステムではなく、SaaSの活用が主流になりつつある。SaaSとは「Software as a Service」のことで、買い切りではなく一定期間の利用料を支払うことでソフトウェアを使用することができる形態のことだ。日本では2018年がSaaS元年と言われており、コロナ禍を経て企業のSaaS活用は更に進んでいる。
一方で、近年はさまざまなSaaSが乱立し、毎年発表されるカオスマップに記載されるサービスの数は増え続けている。どのSaaSを選べばいいのか途方に暮れている企業も多いのではないだろうか。企業内に導入する際には、データのインポートや利用者への研修、業務フローの変更などが発生するために、個人がアプリをインストールするように気軽に導入することはできない。
筆者は「業務設計士」としてさまざまな企業のSaaS導入にかかわってきた。多くの企業にアドバイスしているのは「最高のSaaSなど存在しない。自社に最適なSaaSを選び、かつ、その導入に合わせて業務を再構築しましょう」ということだ。これだけビジネスが多様化した現代において、すべてのニーズを完璧に満たすSaaSなど存在しない。もし仮にあったとしても超高額の利用料になってしまい、一般企業では導入することはできないだろう。
本連載では、そのような企業のSaaS選びの一助となるよう、分野ごとにいくつかのSaaSを取り上げ、それらの機能の紹介を通じて各SaaSの思想や実現したい世界をひも解いていく。自社にとって最適なSaaSは何かを見つけるきっかけにしていただければ幸いである。
企業活動を行う上で、事業の状況を知るためにも、税金を計算するためにも、投資を集めるためにも、会計処理は必要不可欠である。自社で処理する能力がない個人事業主や小規模企業も、税理士などに委託することで会計処理を行なっている。15世紀のヨーロッパで発展した複式簿記は、現代の会計処理の基礎となり、多くのビジネスツールの中でもデジタル化が早かった分野の1つである。膨大な量の伝票を処理・集計し、正確な財務諸表を作成するためにはテクノロジーの力が必要不可欠だからだ。
クラウド会計は、会計ソフトをクラウド上で提供するSaaSである。会計ソフトの登場は比較的早かったが、扱うデータが複雑で大量であったことから、クラウド化に関しては遅れている。私が知る限り、日本において完全にクラウド型のみで会計ソフトを提供しているのは、今回取り上げるマネーフォワード クラウド会計(以下「MFクラウド」)とfreee会計(以下、「freee」)のみである。他の会計ソフトはインストール型のみ、もしくはクラウド型とインストール型の併用でサービスを提供している。
企業の会計情報という秘匿性が高いデータを扱うため、初期は「クラウドで会計ソフトなど考えられない」という声も多かった。しかしSaaSがビジネスの現場に徐々に受け入れられるようになり、特にコロナ禍を経て場所を問わずに利用ができるSaaSのメリットも理解され、クラウド会計の導入企業も増えている。
クラウド会計という分野では必ず比較されるMFクラウドとfreeeであるが、「会計ソフト」という言葉で一括りにすることができないほど、思想や世界観は異なっている。本稿では両者の機能比較に加えて、その背景にある思想やターゲットなどをひも解いていく。どちらが優れているかという話ではなく、どちらの思想に共感するか、どちらが自社に適しているかを考える上で参考にしてもらいたい。
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