このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。Twitter: @shiropen2
香港の法律事務所Albert Luk Chambersと香港中文大学に所属する研究者らが発表した論文「ChatGPT by OpenAI: The End of Litigation Lawyers?」は、実際の判例を題材にChatGPTに法律文書の作成と法的調査を複数出力させ考察した研究報告である。
オーストラリアのある法律事務所が1992年のマボ事件に基づいてChatGPTを活用して法律文書の作成を試みたところ、1年目の弁護士と同等の結果が得られたという。スタートアップ企業の米DoNotPayは、法定には人間の弁護士が行くが、やりとりは遠隔からGPT-3をベースに構築したAI弁護士が指示を出すという試みを行うと公表した。
このように人工知能は、訴訟の領域で重要な役割を担い始めている。また近い将来、人間の弁護士に取って代わる可能性についての懸念も一部で高まっている。
この研究では、訴訟案件を終始処理するChatGPTの能力と限界を検証することで、ChatGPTが訴訟弁護士の代替となりうる可能性を探る。特に「法律文書の作成」「法的調査の実施」という2つの重要な領域におけるChatGPTのパフォーマンスを評価する。また、米国の実際の事例を用いて、比較的複雑な法律問題に対するChatGPTの能力を検証する。
実験において「Donoghue v. Stevenson事件(1932)」という実際の判例を使用する。この判例は、カフェでドノヒュー氏が瓶入りのジンジャービールを飲んだところ、その中に腐敗したカタツムリが入っていたため彼女は体調を崩し、その後ジンジャービールの製造元であるStevenson社を訴えたという内容である。
次のような法的文書を作成させるためのテキストをGhatGPTに入力し、回答を依頼した。「ジンジャービールの製造元宛てに賠償を求める要求書の作成」「10万米ドルの損害賠償請求書の作成」「原告の法的訴えを支持するために、判例の裏付けをとった弁論趣意書の作成」「原告側の略式裁判の申立書の作成」「Stevenson社(被告)を尋問する質問リストの作成」「原告の最終弁論の草稿の作成」など。全てのテキストプロンプトは次の通りである。
GhatGPTの全ての回答は論文内で確認していただくとして、特筆したい質疑応答を一部紹介する。まず、「判例を利用して、原告の主張をサポートする文書を起草してください」と入力した際の回答である。
などと、具体的な判例や法律を提示した上で、判例によって得られる原告の主張の正当性を示す。「結論として、原告の法的措置は、厳格責任、過失、物品売買法の確立された原則によって支持される。被告は、そのジンジャービールの製造において合理的な注意を怠り、汚染された製品を生み出し、原告に重大な傷害と損害を与えた。従って、原告は10万米ドルの損害賠償を請求する権利を有する」といった具合である。
このように原告の主張を裏付けてサポートする能力をChatGPTでテストした結果、いくつかの判例や法律を特定し、関連する判例の重要な事実を要約して、原告側をサポートすることができると分かった。
次に「被告がジンジャービールの製造において、全ての安全衛生要件を順守していると主張した場合、反対尋問でどのような質問をすればいいかを教えて欲しい」と入力したところ、次のような回答が得られた。
などと、反対尋問の質問を複数提示したリストを作成した。
このようにChatGPTは各種法律文書について、高度な法律文書のテンプレートを保有しており、入力された単純な事実を基に推敲された内容を書き出す、高い起草能力を持っていると分かった。
ここで重要なのは、人間の弁護士が時間と労力を使って作成する各種書類や、判例探し、反対尋問リストなどを一瞬で提示し、人間の弁護士が参考にできるため、時短になるというところである。
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