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スラムダンク大ヒット “海賊版天国”だった中国が「本物」を買うようになったワケ(2/3 ページ)

» 2023年05月19日 16時00分 公開
[山谷剛史ITmedia]

本物を求めるようになった中国

 現在の違いのひとつに、正規版コンテンツが容易に見られるという点がある。ゲーム・アニメ・音楽・映画それぞれに中国での配信権や運営権を得た企業がいて、検索なり動画アプリなりSteamなりで検索すれば正規のコンテンツが出てくる。以前のようにどこに売ってるかわからない状況と全く違う状況だ。

 また当時、中国の海賊版問題の記事が出るたびに「どこで売っているかわからない」のほかに「正規版の価格が高すぎる」という言い訳がよく出ていた。実際、月の所得が2〜3万円が当たり前だった頃に、例えばWindowsやOffice、Photoshopのパッケージは月収くらいに相当するのであまりに高いし、輸入品のゲームにしても月収の数分の1とやはり高い。映画館も入場料が所得に比べて割高だったのでスカスカだった。

 一方でご存知の通り中国経済はコロナに入るまで程度の差はあれど上り調子で、月収も10年20年で何倍にもなった。その結果、海賊版も出ているけど買える値段になったし正規版を買おうという人が増えた。映画館のチケットこそ値上がりしているが、特にスマートフォンのアプリは課金しない限りは無料のものが多く、音楽や動画のサブスクもせいぜい年額3〜4000円で済む。以前と比べて絶対額で安いし月収比はそれ以上に安い。

 中国人のさまざまな海賊版回顧を読むに、映画動員数の減少はVCDプレーヤーによって引き起こされ、DVDプレーヤー、BitTorrentによるダウンロードと継続していたが、映画動員数を戻すひとつのトリガーがIMAXシアターで3Dグラスを利用して視聴する「アバター」だったと書かれている。そこでしか体感できない体験を求めて多くの人がアバターを見に行ったし、かくいう筆者も友人の中国人に誘われて見に行った。

2009年公開の「アバター」

 ゲームは多くがスマートフォンでのプレイで済ます中、都市部だと平均して学校のクラスの1人2人程度がゲーム機を買っていて遊ぶ。日本でいえばクラスの中のXboxユーザー、もう少し上の世代であればPCエンジンやメガドライブユーザーか、それよりも少数だがいるという感じだ。

 それだけ少ないと余計にファンコミュニティが濃厚になるもので、学校のクラスではなく同じ都市・地域のゲーム機のユーザーが微信(WeChat)などのチャットグループに集まりゲームの話題を語り合う。語り合うだけでなく、ニンテンドープリペイドカードやSteamプリペイドカードなど各種プリペイドカードやプレイし終わったゲームが取引される。

 中国の近年のファンコミュはゲームだけでなくアイドルでもどのジャンルでも「推すならしっかり金を落とす」というのが飛び交う会話の中であり、ファンコミュの中の会話でモラルが身についていく。昔は「お金がないので買えません」といえば許されたが、今同じことを言えば「遊ぶな」とまで言われるようになった。

 昔セクシー女優が微博(weibo)にアカウントを開設したり中国でイベントに登壇をすると「本物を買います!」という声がよくあがった。あれは今思えば方便でなく本気でそう言っていたのだろう。コンテンツを海賊版を体験版のように消費し、気に入れば本物を買おうとする。コロナ前には多くの中国人が日本にやってきて、好きなコンテンツのグッズを買い、本物を手に入れたとばかりに喜んでいた。

 また、当時海賊版ファミコンやメガドライブで遊ばれた人気タイトルを最近になって中国企業が版権を購入して、スマホ向けに作品愛にあふれているゲームやフィギュアなどのグッズをリリースしたなんて話もある。

 警察によるネット浄化活動「剣網」により中小海賊版サイトを閉鎖させているという一面もある(警察の取り締まりの対象は海賊版配信サイトほか反政府系サイトや賭博サイトやポルノサイトが含まれる)。またECサイトに海賊版を売らないと宣言するよう圧力をかけることもあった。この辺は中国らしい。最近では海賊版のゲーム機本体を販売し逮捕された容疑者に対し、数万元の罰金と3,4カ月程度の判決が下されたケースもあった。

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