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広がる「SaaSのためのSaaS」 “ゴールドラッシュのつるはし”ビジネスの最前線新連載・SaaS for SaaSの世界(1/2 ページ)

» 2023年06月30日 13時00分 公開
[武内俊介ITmedia]

 2018年を日経新聞が「SaaS元年」と命名してから5年がたち、「SaaS」(サース)という言葉はすっかり一般的になった。SaaSとは「Software as a Service」の略で、CD-ROMなどのパッケージ販売ではなく、インターネット経由でソフトウェアを利用できる仕組みを指す。

 カスタマイズの自由度は下がるものの、専用に開発する社内システムと比べて導入コストが低く抑えられる他、パッケージ版と異なり、ブラウザがあればどこからでもシステムにアクセスできる。リモートワークなどとの相性の良さから、コロナ禍を経て一気に普及した。

 テレビやタクシー広告、エレベーター広告などでもSaaSのコマーシャルを見かける機会も増えてきたが、それらの多くは経費精算、請求書発行、人事評価などの企業内で利用するためのサービスである。一方、SaaSの市場規模は年々拡大しており、一般的にはあまり知られていなくてもしっかりと業績を伸ばしているサービスも増えてきている。本連載では、SaaSの中でもSaaS事業者向けにサービスを提供しているいわゆる「SaaS for SaaS」(SaaSのためのSaaS)を取り上げていく。

「ゴールドラッシュでつるはし売る」 SaaS for SaaSの基本

 SaaS for SaaSの戦略は「ゴールドラッシュで金鉱を掘る人達につるはしを売る」ことだ。この定義で最も有名なSaaSは米Zuora(ズオラ)だろう。SaaSはソフトウェアの買い切りではなく、継続的にサービスを利用するためサブスクリプション(継続課金)型の課金体系が一般的だ。Zuoraはサブスクリプション管理のシステムを提供しており、SaaSの拡大に合わせて業績を急拡大させたサービスである。

photo つるはしのイメージ(画像はフリー素材)

 通販などにも「定期購入」というサブスクリプション型の販売形式がある。定期購入を管理するには単価や割引率、請求サイクルなどの情報が必要であり、通常購入と比べると変数は増えるものの、そこまで複雑なシステムがなくても対応できる。また、スポーツジムなどの施設の利用料も継続課金型ではあるが、こちらの管理は利用プランと継続利用中かどうかのステータス管理をするだけで対応可能だ。

 一方で、B2B SaaSのサブスクリプション管理は、はるかに複雑である。まず、サブスクリプションに限らず、B2B取引では相手によって単価が変わる。相手先の規模や取引実績、そして期末などのタイミングによって、個別の値引き対応や契約期間の調整などが頻繁に行われるからである。究極的には個社別の単価、契約期間、請求サイクルなどを契約が続く限り管理しなければならない。

 Excelなどで管理するには要件がかなり複雑であり、基本的にはシステム側で実装するべきものではあるが、開発要件としてもかなり複雑で検証にも時間がかかる。開発し維持していくためにはかなりのエンジニアリソースが必要になってしまう。他にも開発するべき機能はたくさんあるため、契約管理・請求管理機能の開発にリソースを割くことができず、最終的には1件ずつ手運用で対応しているケースも少なくない。

 数十件程度であればなんとか回るかもしれないが、顧客規模が百件を超えたあたりからミスが頻発し始め、現場はかなり消耗し始める。そのような状況で多くのSaaS企業が頼ったのがサブスクリプション管理に特化したSaaSであるZuoraである。

 複雑な契約・請求の要件にも対応できる機能を有し、マーケティングや会計とも連動して稼働することができるZuoraは、世界中の大手SaaS企業を中心に利用されている。ただし、その料金や機能の複雑さ、維持管理の難易度などから初期のスタートアップにはなかな手が出せない弱みもある。

 一方で、その隙間を狙う国産のサービスも複数登場している。今回紹介するScalebase(スケールベース)もその一つだ。

ニッチ領域、なぜ進出 背景には“SaaS料金設定”の難

 アルプ(東京都港区)が提供するScalebaseは、サブスクリプションの契約管理・請求管理に特化したSaaSで、SaaS企業が自社顧客の契約管理をするために導入するサービスだ。B2B SaaSを中心にのべ200社以上に提供しているという。2月には約4億円の資金調達も実現。累計調達額は約23億円に上る。

photo ScalebaseのUI

 同社の伊藤浩樹取締役代表CEOはコンサルティング会社やスタートアップの新規事業開発担当者を経てアルプを創業。サブスクリプション管理という領域を選んだことについて「とにかくめちゃくちゃ複雑で面倒で、それをやりたいエンジニアもいない。であれば、そこにサブスクリプション管理のパッケージとして提供すれば支持されるのではないかと考えた」という。

 創業当時、Zuoraはすでに存在したが、前述の通り多くのスタートアップが導入するにはハードルが高かった。かつ、事業を拡大していくフェーズこそ契約管理や請求管理ではなく、自社プロダクトの付加価値を作ることに注力してほしいという考えもあり、あえてニッチな領域のプロダクトを創ること決めたという。

 SaaSのプライシングというテーマはそれだけで数時間のセミナーが開けるほど奥深い。かつ、企業の状況やプロダクトの特性に応じても最適解は変わるので、多くのSaaSは数年ごとに料金プランを見直しながら調整している。

 伊藤CEOは「SaaSの成長においては、販売の自由度を上げることが重要である」と話す。最初から最適なプライシング設定など不可能であるからこそ、柔軟に見直しが可能な状態にしておくことは重要だ。一方で、その自由度を担保しようとすると契約管理や請求管理のオペレーションが煩雑になってしまう。

photo アルプの伊藤浩樹取締役代表CEO

 アルプ創業時のヒアリングの中でも、同様の課題を多くの企業が抱えていたと伊藤代表。そこで、サブスクリプション事業の契約管理・請求管理に特化した基盤を提供するというスコープが固まったという。Scalebaseというサービス名も「スケールするための基盤になる」という思いを込めてのネーミングだ。

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