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ベンチャー財務やSaaS経営者に衝撃 税処理ひっくり返った「信託型SO」とは何か? 専門家に聞く(2/2 ページ)

» 2023年07月04日 17時00分 公開
[吉川大貴ITmedia]
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税制適格説から一転 国税庁の“鶴の一声”で大混乱

 しかし、国税庁による5月29日のセミナーで、その前提がひっくり返った。国税庁が、信託型SOは税制非適格ストックオプションだという見方を示したのだ。つまり、信託型SOは権利を行使し、株式を発行したときに最大55%の税金が掛かる可能性が浮上した。

通達公表前の信託型SOの課税関係(左)と、通達公表後の課税関係(右、出典は国税庁と経済産業省によるオプション税制説明会資料)

 しかも「いままで税制適格だと考えていたが、今後は解釈を変えます」という形ではない。「そもそも最初から税制非適格なので、これまで節税されていた税金は未納と捉える」といった趣旨だった。つまり、信託型SOを採用している企業は、場合によっては過去にさかのぼっての対応が必要になる。今回の発表により、税務面・会計面で影響が出てくる可能性がある。

 特に影響が大きいのは、すでに信託型SOを発行し、役員・従業員が権利を行使してしまっている企業だ。信託型SOを採用している企業は、役員・従業員によるストックオプション行使時に課税関係が発生せず、株式譲渡(売却)時に譲渡所得課税として税務処理していることが想定されると中辻さん。

 その場合は過去にさかのぼって、ストックオプション行使時に給与課税される前提で源泉徴収を行う必要がでてくる。そして納税が正常になされていなかった場合は、いったんは企業がその税金を納める必要がある。

 そうすると、企業は従業員に対して税額分の債権を持つことになる。少額ならともかく、数千万円規模になった場合は貸し倒れのリスクが生じる。貸し倒れがなかったとしても、その可能性に備えた見積もり自体(貸倒引当金)は費用計上が必要なので、財務経理上の手間が生じる。

 一連の手間を例で説明すると以下のような形だ。企業Aが発行した信託型SOにより、数年前に1億円の売却益を得た人がいたとする。これまでは、譲渡課税の2000万円を納めていればよかった。しかし国税庁の見解に従うなら、最大5500万円の納税義務が生じる(今回の例では計算を単純化するため、所得税における控除額は考慮外とする)。

 企業Aはまず、この課税を遡及して計上しなければいけない。源泉税の納付も必要なので、当座の現金がいる。さらに信託型SO行使者に最大5500万円(所得税における控除額は考慮外)の返済も求めなければいけない。対象者に現金があればよいが、必ずしも余裕があるとは限らない。

 信託型SOを行使しただけで、まだ売却していない人であれば、株を売って資金を作れるかもしれない。しかし「将来もっと利益が出るかもしれない株」を、いま売りたい人がどれだけいるだろうか。

 経営層や役員クラスの場合、うかつに株を手放すわけにはいかないかもしれない。そもそももう退職している可能性だってある。そうそう、貸し倒れた場合の損失や、その可能性があるときの見積もりも費用計上が必要だ。

 つまり、すでに信託型SOが行使されてしまっている場合、財務経理上の手続きが非常に面倒くさいのだ。むろん、すでに信託型SOを行使した経営者自身も、税金の支払いに当たって現金を用意する必要がある。

 仮にまだ信託型SOが行使されていなかったとしても、それはそれで面倒くさい。これから信託型SOを行使されると手間がかかるので、国税庁が定めるルールにのっとって、税制適格への移行手続きをするか、新たにストックオプションを発行し直すなどの措置を検討する必要がある。行使されるよりはマシかもしれないが、何もしないわけにはいかない。

 面倒な要素はまだある。今回、国税庁は信託型SOは税制非適格とする見方を示したが、セミナーでは大まかな方針を示したにすぎず、実務的に細かな内容が発表されているわけではない。そのため「実務に落とし込んだ場合どうなるかという解釈は出ていない」(中辻さん)といい、今後の展開次第で風向きが変わる可能性もある。

photo 中辻仁さん

 逆にいえば、事態が急変する可能性もまだあるので、対応が必要な企業もすぐに動けないわけだ。急いで信託型SOに関する問題に対処したとしても、方針が変わって取り越し苦労に終わる可能性もある。中辻さんによれば、今回の発表を受けて、公認会計士協会もストックオプションの会計処理について、見解を議論している段階という。

逆にポジティブな情報も スタートアップに福音なるか

 ただし、国税庁がセミナー中に示した見解の中には、一部のスタートアップにとってポジティブな情報もあったと中辻さん。ストックオプションの発行時、その価値を見積もるのに必要な株価算定の基準が明確化し、ルール違反のリスクが減ったという。これにより、事業の成長段階においても、ストックオプションの権利行使価格を低く抑えられる可能性が出てきた。

 実はこれまで、税務上のストックオプション発行に際する株価の算定方法は明確になっていなかった。企業はキャッシュフロー(事業におけるお金の流れ)や純資産など、それぞれの基準で算定していた。

 一方で国税庁は、原則として純資産を下限値に株価を算定できる方針を示した。これにより、税制適格ストックオプションを発行する時、「算定方法が間違っているからNG」と指摘されるリスクが減ったわけだ。

 ストックオプションの権利行使価格を低く設定できる可能性もある。スタートアップは赤字のまま事業を進める企業が多く、増資しない限り純資産は目減りする傾向にある。先述の通り、スタートアップの株価は上場が近くなるにつれ上がっていく傾向にあるが、純資産ベースで計算できれば、逆に下げていくことが可能になる。

 つまり上場に近い段階でもストックオプションの行使価格を低く設定でき、売却益を大きくできる可能性があるわけだ。これから事業を立ち上げ、拡大していくスタートアップにとっては、人材獲得などの面で有益な情報だろう。

 要するに、国税庁が示した見解は「すでに信託型SOを行使した従業員のいるスタートアップ」にはダメージ(少なくとも混乱)を、「これから事業を進める・ストックオプションの発行を検討するスタートアップ」には福音を授けた形になるわけだ。とはいえ中辻さんの言う通り、少なくとも本記事を公開した7月4日時点では、方針が全て確定したわけではない。

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