ハリウッド俳優などでつくる組合がストライキを起こし、映画やドラマの制作が中断するなど影響が広がっている。大きな争点となっているのはAIの使用だ。映画やテレビの出演者がAIに取って代わられ、ゲームの音声はAIで合成されるようになり、脚本の執筆や書き換えもAIが主役になる――そんな筋書きが現実になることを、俳優や脚本家は危惧している。
「人工知能はクリエイティブな職業に存亡の危機をもたらす。全ての俳優とパフォーマーは、同意や報酬なしに自分たちの存在や才能が搾取されることのないよう、契約で守られければならない」。米俳優組合(SAG-AFTRA)のフラン・ドレッシャー会長は、スト突入の記者会見でそう訴えた。「今ここで立ち上がらなければ、みんながマシンに取って代わられる危険にさらされる」
影響は映画やテレビ番組にとどまらない。俳優組合によると、ゲームに出演している声優も、AIによって音声が合成され、自分の声や自分に似た声が同意なく使われることになりかねないと不安を強めているという。
俳優組合に先立ち、脚本家でつくる全米脚本家組合(WGA)も5月からストを展開している。俳優と脚本家の同時ストは63年ぶりだという。チャットAI「ChatGPT」などの生成AIによる小説や脚本の生成が現実化する中で、仕事を奪われることを危惧する組合側は、スタジオ側との交渉で「AIが文学作品を書いたり書き直したりしてはならない。(組合員の作品を)AIのトレーニングに使用してはならない」と契約に明記するよう求めている。
俳優組合も脚本家組合も、映画会社やテレビ局、配信サービス大手でつくる全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)との契約の更新時期を迎えて交渉を続けていた。しかしAIが格段に進化して、動画配信サービスが急激に普及するなど業界が激変期にある中での交渉は簡単には進展せず、AI規制や配信サービスの台頭に合わせた待遇の改善などを巡って双方が折り合えないまま決裂した。
AMPTP側は「組合との交渉でAIの使用に関して俳優を守るための条項を盛り込むことを提案した」と説明する。しかし俳優組合側は、それでも不十分だと訴える。
特に、せりふのないエキストラなど「バックグラウンド・パフォーマー」と呼ばれる俳優が大きな影響を受けることが懸念される。俳優組合を代表して交渉に当たったダンカン・クラブツリー=アイルランドさんによると、AMPTPは「その人物をスキャンして1日分のギャラを支払い、そのスキャン画像や肖像に対する権利はスタジオ側が保有して、以後は同意もギャラもなしにスタジオ側が望むプロジェクトで恒久的に使用できる」という条件を持ちかけてきたという(AMPTP側は、そんな提案はしていないと言っているらしい)。
映画や番組の制作現場では既に、CGIや特殊効果の制作などにもAIが広く使われるようになっている。AIを活用すれば簡単で安上がりにコンテンツを制作でき、死亡したり出演できなくなったりした俳優の姿を再現することさえできる。
俳優のトム・ハンクスさんは、自分が死んでもAIで自分の姿を再現して映画に出演し続けられるだろうと発言して注目を集めた。認知症と診断されたブルース・ウィリスさんは、AIで自分を複製して映画やCMに出演させる権利を売却したと伝えられている。
そうした中で脚本家も俳優も声優も、厳格な規制がなければいずれ自分たちの存在がAIに取って代わられ、正当な報酬が受け取れなくなるとして危機感を強める。
俳優組合側は「組合員の名前や音声や肖像が許可なく使用されることのないよう、AIの使用に関して組合員を守るための措置を拡大してほしい」と訴える。スタジオ側が折り合う様子はなく、ストがいつまで続くのか、AIを巡る交渉がどうなるのか、結末はまだ見えていない。
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