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女性ホルモンを常に計測する“指輪” 排卵や月経を正確予測 米カリフォルニア工科大学が開発Innovative Tech

» 2023年10月06日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

Twitter: @shiropen2

 米カリフォルニア工科大学に所属する研究者らが発表した論文「A wearable aptamer nanobiosensor for non-invasive female hormone monitoring」は、女性ホルモンを検出する薄くて小型な汗センサーを提案した研究報告である。このセンサーを利用すると、汗からの成分分析により、排卵や月経を正確に予測できるという。

女性ホルモンを計測する指輪型汗センサー

 「エストロゲン」として知られる性ホルモンは、女性の健康や生殖に関する多方面での重要な役割を持つ。体内のエストロゲン濃度が高い場合、乳がんや卵巣がんのリスクが高まると指摘されている。

 一方で、エストロゲンの一種である「エストラジオール」の濃度が低いと、骨粗しょう症や心疾患、さらにはうつ症状の原因となることがある。エストロゲンはホルモンの一種で、その中でエストラジオールは最も効果が強いものとされている。エストラジオールは、女性の第二次性徴の発達や生殖サイクルの調節にも関与している。

 多くの機能を持つエストラジオールのため、このホルモンは女性の健康管理の一環としてしばしば医師により監視される。しかし、そのためには患者がクリニックを訪れて血液採取を行い、その後に分析する必要がある。家庭用のテストキットでさえ、血液や尿のサンプルを機関に送る工程が必要である。

 この研究では、従来の手間を排除する汗中のエストラジオールを検出するウェアラブルセンサーを開発した。センサーは汗を分析し、その情報を電気信号に変換してスマートフォンに無線で送信する。この結果、スマートフォン上でエストラジオールの濃度をリアルタイムで確認できる。

 このセンサーの特徴は、自動的かつ非侵襲的に動作することである。指輪型にすることで日常でも装着しても邪魔にならず、リアルタイムに計測結果を確認可能だ。

汗センサーの外観

 センサーは柔軟なプラスチック膜上に設置し、微小な彫刻がある通路で汗をセンサー部分へ導く構造である。さらに、センサーの感度を高めるため、金のナノ粒子や導電性を持つチタンフィルムを利用している。

 通常、血液でエストラジオールのレベルを計測するが、血液中でも低いレベルで存在するエストラジオールが、汗中では約50倍もさらに低い濃度であるということが課題であった。このことは、汗中でエストラジオールを正確に検出するのは非常に難しいということを示している。

 この課題への対策として、研究チームは「aptamers」という特定の物質のみに結合するDNAの断片を利用した。このaptamersは、金のナノ粒子で修飾された表面に固定されている。aptamerが汗中のエストラジオール分子に結合すると、redox分子が放出される。この放出された分子は、電極によって再捕獲され、エストラジオールの存在と量に対応した電気信号を生成する。これが検出メカニズムである。

 さらに、デバイスは汗のpHや汗の塩分濃度、皮膚の温度に関する情報も収集し、それらをリアルタイムでのキャリブレーションに使用している。

 テストでは、このセンサーが生殖サイクルを通じて、月経時の最低レベルから排卵時の10倍の最高レベルまで、汗のエストラジオールの変動レベルを確実かつ正確に追跡できることを示した。

 エストラジオールの監視から利益を得る女性の一群としては、自然にまたは体外受精を通じて子を得ようと望んでいる人たちが挙げられる。どちらの方法も排卵のタイミングの正確さに依存するが、全ての女性が定期的な生殖周期を持つわけではない。

 一部の女性は体温を監視し、それによって排卵を追跡している。しかし、研究者らはこの方法が十分に正確ではないと指摘しており、体温が上昇するのは排卵が始まった後だと述べている。一方、エストロゲンは排卵の前に増加する。従って、この汗センサーを使用すれば、排卵の開始前に通知を受け取ることが可能となる。

 ホルモン補充療法(HRT)を受けている人々も、この汗センサーの恩恵を受けることができる。この人たちの体は自ら十分なエストラジオールを産生しないため、エストラジオールの濃度を慎重に監視し、適切な用量を摂取しているか確認する必要がある。

 研究者らは、この技術の研究を続け、排卵に関与する黄体化ホルモンやプロゲステロンなど、他の女性ホルモンも監視できるようにする予定だという。

Source and Image Credits: Ye, C., Wang, M., Min, J. et al. A wearable aptamer nanobiosensor for non-invasive female hormone monitoring. Nat. Nanotechnol.(2023). https://doi.org/10.1038/s41565-023-01513-0



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