このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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明治大学の宮下芳明教授がWISS2023で発表した論文「TasteTime Machine : 飲食物を過去や未来の味に変える装置の実現に向けて」は、飲食物の味を過去や未来の味に変化させる手法を提案した研究報告である。この研究では、主に未熟なトマトや作りたてのカレーの味を数日後の味に変えること、また熟れたトマトや一晩置いたカレーの味を以前の味に戻すことが可能かを検証した。
また、この研究の知見をもとに開発した食品の時間を操る味覚AR装置「Taste-Time Traveller」も宮下研究室の研究者らが同時に発表した。
提案された「Taste Time Machine」は、味覚センサーによる実測データと理論モデルを基にして、飲食物の味と時間の関係を数式で表し、現時点での食品の味と設定した日時に推定される味との差を求め「TTTV3」を用いて味を変えることができる。
TTTV3は宮下教授らが開発した味覚メディアであり、チューブポンプを20機搭載して味溶液を微細に調整し、飲食物にかけて味を変えることができる機器である。これにより、異なる物質を組み合わせて特定の味を再現できる。
例えば、異なる酸を使用してカカオの風味を調整し、安価なカカオを高級品に近づけた事例がある。また、TTTV3は「味の減算」も可能であり、酸味を弱めたり、味の相互作用を利用したりする新しい手法も提案している。
実験ではTTTV3を用い、特にトマトやカレースープの熟成過程をモデル化し、未熟なトマトや作りたてのカレーの味を数日後の味に変えられるか(順行)、また時間を戻して数日前の味に戻せるか(逆行)を検証した。
トマトの熟成過程を味覚センサーで分析した結果、熟成するとグルタミン酸が増加するが、酸味は減少することを確認した。センサーデータから、特定の日のトマトの味に合わせるために必要な添加物の量を算出し、実際にトマトの味を変化させた。その結果、熟成したトマトの味を再現できた。逆行の場合も一定の成功が見られたが、3日前の再現には課題が残った。
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