ITmedia NEWS > 製品動向 >

ソニーは「着るエアコン」を本気でビジネスにしようとしている 新作はどう進化したか、実機をチェックする小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)

» 2024年05月10日 13時00分 公開
[小寺信良ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

働く人を快適にするビジネス

 そもそもREON POCKETは、考案者の伊藤健二氏がソニーのビジネスの中で上海出張中に、屋外の暑さとオフィスビルやホテル内の寒さの差が社会的な問題だと考え、それを個人レベルで解決するものとして商品企画したものである。中と外を行き来するビジネスマンへ向けて、という視点がある。

 このことから、ビジネスマンが個人で買うというケースが多いが、工場や流通倉庫といった現場で一括大量導入というケースもあった。ただそれは、そこで働く人達がみんなREON POCKETを装着すれば良いというところがゴールではない。館内空調の温度設定やエアフローといった総合的な環境管理がなされて、みんなが快適になることがゴールなはずだ。導入企業側からも、倉庫内で温度センシングができないかという話もあった。

 REON POCKET 4の時の登場したREON POCKET TAGは、実は将来的にこうしたビジネスにつなげるための種まきであったという。じつはこのタグには温度センサーだけでなく、湿度センサー、加速度センサー、照度センサーも内蔵されている。温度、湿度、照度、振動、行動パターンが取れるのだ。こうした高性能タグをコンシューマー向けとして設計し、市場で爆売れしたため、導入コストが劇的に下がった。

 このタグを人に付けるだけでなく、工場や倉庫内のあちこちに取り付け、環境情報を取得。その大量のデータを分析することで、施設内の最適なエアフローを設計できるようになる。これまでも大企業では大掛かりな観測設備を導入して計測はされていたが、短期間の一時的なデータしか取れなかった。だがREON POCKET TAGのように安価で小型なセンサーなら、1年2年といった長期データが取れる。つまり四季それぞれの環境変化もデータが取れるわけだ。

 こうしたビジネスソリューションを展開するため23年、REON POCKETチームはソニーから分かれて別会社の「ソニーサーモテクノロジー株式会社」を設立、24年4月にソニーから正式に事業承継され、ビジネスを開始した。REON POCKET 5のリリースに先だって、「REON BIZ」の展開をスタートさせている。製品自体はこれまで通りソニーブランドから提供される。

この4月からビジネス向けソリューションを開始
REON POCKET TAGで細かいデータを長期間取っていく

 こうした大規模データ分析や環境マネジメントといったシステム開発に関しては、他社との連携が必須となる。当然共同での実験や研究も必要となるわけだが、フットワーク軽く動くためには、ソニー本体から出た方がやりやすいという事情もあったようだ。

「マクロ気温」へ依存しない快適さへ

 今年の春は全国的に天候が不順で、春先に急に気温が下がったことで桜の開花が遅れたり、農作物の育成に影響が出たりしている。自然界だけでなく、都市に暮らす人間にとっても、過酷な環境になりつつある。

 現在天候や気温情報は、東京23区別に情報が出てきたりするが、地域ザックリの「マクロ温度」は、人間一人一人の行動や居場所に対してはあまり参考にならない。22度で快適といわれても、ひなたを長く歩けば暑くなるし、日陰のプラットホームでは寒くて居られない。

 特に今ごろの季節の変わり目は、羽織るものを1枚持っていった方がいいのか悩むことも多い。いざジャケットを羽織っていくと暑くて脱ぐことになり、ずーっとジャケットを小脇に抱えて動き回ることになる。

 REON POCKETは夏冬のデバイスだと思われているが、実際にはこうした季節の変わり目にも大活躍する。ジャケットの代わりにこれ1つあれば、暑くても寒くても自動対応できるのだ。これには各個人が温度センサーを身につけており、「ミクロ温度」を計測しているからできることだ。天気予報を見ても最終的には勘に頼るという時代は、終わったのである。

 反対にREON POCKETのビジネスは、温度の問題を個人ベースでどうにかするという「ミクロ温度」から、センサーを大量に設置して環境全体をコントロールしていくという「マクロ温度」ビジネスへと展開していく。現在は工場や倉庫といった企業ベースだが、やがては巨大ショッピングモール全体や広大な駅地下街といった、「街」と言っても過言ではない規模の公共スペースでも使われていく技術である。

 まずはコンシューマーで大量に売り、のちにプロ市場に展開するという方法論は、ソニーの「α」と同じである。かつてビデオカメラは、プロ機の技術を降ろしてきてコンシューマーで展開するものだったが、デジタルカメラでは逆流が起こった。開発者の伊藤健二氏は2006年からビデオカメラの設計を手掛けてきた経歴があり、やがてプロ動画市場がαに席巻されていくという、逆流のパワーを身を以て体験してきた。

 その経験が、REON POCKETの中に生かされたということだろう。世の中を変えるイノベーションは、こうした転んでもただでは起き上がらない人の上で成り立っている。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.