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世界に羽ばたく日本のアニメ・マンガ 躍進の背景と忍び寄る“危機”とはまつもとあつしの「アニメノミライ」(2/2 ページ)

» 2024年08月30日 11時00分 公開
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危機と常に隣り合わせのアニメ産業

 1クール=放送3カ月・毎週更新30分枠×12話前後というテレビアニメフォーマットは、定額契約を維持してほしい配信事業者にとっても、連続ドラマ同様、あるいはそれ以上に視聴継続性の高い優秀なコンテンツだ。

 その多くが週刊連載マンガを原作とし、面白さが市場で試された上で映像化されている。映像制作に携わるアニメスタジオとその制作陣も、原作ファンの期待を裏切らず、さらに面白いものにするべく技術に磨きをかけ続け、貪欲に新しい制作手法を試すことで、日本のアニメを世界から支持されるものに育ててきた。結果的に海外制作の実写映画やドラマに比べて低コストで調達できる点も、外資配信大手からは魅力的だったはずだ。

 しかし、配信サービスの競争は落ち着き、市場の成長も天井を迎えつつある。国内においてはAmazonプライムビデオが盤石の地位を築いており、音楽や電子書籍など、他のコンテンツ同様、調達コストの見直しが一部では既に始まっているという声も聞こえてくる。急速に拡大した海外売上の多くを占める海外配信大手の配信権料収入だが、ここが伸び悩むと他の分野がさほど成長していないなかでは、これ以上の市場拡大は難しいということになってしまう。

国内ではU-NEXT、ディズニープラスが利用度を伸ばした一方、Netflixはやや落ち込んだ(出典:動画配信ビジネス調査報告書2022)

 日本のアニメ産業は、これまでもメディアの変化に翻弄されてきた。2010年前後には、YouTubeなどの動画投稿サービスの普及と、ネット海賊版によって、それまで産業を支えて来たDVD市場の縮小が起こり「DVDバブル崩壊」などと呼ばれた(筆者が当時所属していたアニメスタジオも、この時期に事業の大幅な縮小を余儀なくされている)。その縮小分を補ったのが、パチンコなどの遊興分野や13年からアニメ産業レポートでも集計がはじまった2.5次元ミュージカルなどのライブエンタテインメント分野だった。

 海外事業者によって支えられている配信市場がこの時のように急速にしぼんでしまうことは現時点では考えにくいが、これまでのような急拡大が期待できないなか、次なるメディアの変化への備え以前に、国内の制作の現場には解決すべき課題がいまだ山積している。

 もっとも大きな課題は、慢性的な作り手の不足だ。比較的少人数で描かれるマンガと異なり、アニメはのべ100人以上が関わる複雑な生産工程を経て生み出されている。特に、動く絵のベースとなる「原画」を描けるクリエイターは国内に数千人程度しかおらず、スタジオ間で奪い合いが常態化している。また、そこから1秒間に8〜12枚は必要となる「動画」とそこに彩色を施す「仕上げ」工程については8割を海外に依存しているとされる。4月にはこの「動仕」下請けが、本来発注があってはいけないはずの北朝鮮にまで及んでいることがデータの流出によって明らかになった。

 改善は進んでいるものの、給与・報酬などの労働環境が恵まれているとはいえない状況であることも人材供給のブレーキとなっている。いまの市場の急拡大が主に配信からもたらされているのは繰り返し述べている通りで、それ以外の商品化などの市場の開拓には海外事情や著作権の取り扱いに通じた専門人材(いわゆるプロデューサー的人材)が欠かせないが、こちらも長く不足が指摘されている。コアなファンによる「推し活」頼みでは一般化が進まず、逆に先鋭化・蛸つぼ化するリスクすらある。専門人材の育成に注力する米国や韓国と異なり、大学・大学院などの高等教育機関やそこでの研究が心もとない状況であることも、筆者もまさに現場で痛感しているところだ。

 少ない人数で生産性を上げるには技術革新が必要となる。業界ではCGさらにはAIの活用も含め制作工程のデジタル化への取り組みも続いているが、「これ」という決定打はまだ生まれていないのが実際のところだ。

 例えば、日本のアニメの特徴とされてきた「コマ打ち」が果たしてこれからも魅力となりつづけるのかも気になるところだ。コマ打ちとは、1秒間に24枚の絵が必要となるところ、あえてそれを8枚(3コマ打ち)、12枚(2コマ打ち)に間引くことで、独特のテンポやリズム感を動画に与える手法だ。さらにその動きのなかにデフォルメを加えることで、映像から強い感情を呼び起こすことにも成功している。

アクションシーンや表情変化の際、コマ打ちアニメが効果的に用いられている一例

 このコマ打ちアニメの魅力も、海外のクリエイターも取り込もうという動きも続いており、日本の専売特許という状況では無くなっているが、世界でも珍しい週刊マンガによる原作供給体制と、日本の優れたアニメ制作技術が組み合わさって優位性となっていると理解しておくべきだ。その源泉となるマンガも、これまでは海外流通網の構築に苦心してきたが、Web・アプリによる電子流通への挑戦がはじまっている。

23年10月にサブスクモデルを導入したMANGA Plus by SHUEISHA アプリでは、Simultaneous=日本とサイマル(同時)配信が強調されている

 アニメ人気を背景に本格的に海外市場に打って出ることになるマンガだが、世界ではスマホに最適化された縦読みマンガ(Webtoon)がシェアを拡大している。こちらも日本のお家芸となっている見開きスタイルが果たしてこれからも世界で支持されつづけるか、また国内勢が縦読みマンガにどのように対応するかは、アニメ人気の今後を占う上でも重要な要因となってくる。

求められるイノベーション、その最前線を追って

 1963年から放送が始まった『鉄腕アトム』以来、日本のマンガとアニメは、二人三脚のように市場を切り開き、インターネット、SNS、そして定額制動画配信といったメディアの変化にも柔軟に対応してきた。豊富なマンガ原作が生まれ、市場で試され、その上でアニメとなって世界でも人気を獲得していくバリューチェーンは、強力なエンジンとなっている。またそことは別に生み出されるアニメオリジナル作品も、定番(セオリー)を拡張し、日本発の作品群のユニークさ、多様性をもたらすことにも貢献している。

 一方でここまで述べてきたように、解決すべき課題も多いが、その解決に果敢に取り組むイノベーターと呼ぶべき人々が次々と現れているのもこの領域の強みでもある。本連載では、そういった人々にスポットライトをあてながら、機会と危機について追って行きたい。

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