このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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山口県立大学に所属する研究者らが2023年に発表した論文「推しすぎ問題」は、ファンが推し(ファンの対象となる人物)に対して適切な距離間を取れず過度な期待をしてしまう現象を事例から考察し、健全な推し活を提案した研究報告である。
人々がファン活動から満足感を得る理由は複雑だ。推しという存在を媒介することで得られる「自己愛」、推しを自身のアイデンティティーとして置き換えることで満たされる「承認欲求」、推しの成功や活躍を見守る、ある種育成ゲームのような楽しみや結果の分からないものへの「賭博性」という3つの欲求を満たす。これらの欲求を満たすことで、ファンは自己実現や社会的つながりを感じられる。
しかし、SNSの発達により、ファンと推しとの関係性が変化している。ファンは推しに関するより多くの情報を容易に入手できるようになり、それによって親密さや献身度が高まる傾向にある。この変化は、時として推しに過度の負担をかける結果となっている。
研究者らは、この現象を「推しつけ問題」と定義している。これは、ファンの熱狂的な行動が推しに精神的な負担をかけ、疲弊させてしまう問題を指す。例えば、VTuberの引退騒動、アイドルの私生活への過度な干渉、国際的な人気グループへの過剰な期待など、この問題の具体例として挙げられる。
まず、VTuberのAの事例を取り上げる。Aは22年末、それまで受け取り続けていたファンレターの受け取りを中止すると発表した。この決定の背景には、ファンの期待に応えられるかという不安や、ファンが好きなのは本当の自分ではなく理想化された姿なのではないかという疑念があった。
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