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量子もつれで“消えるメッセージ”を送信できる「量子ホログラム通信」 中国の研究者らが開発Innovative Tech

» 2024年09月11日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

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 中国の香港科技大学に所属する研究者らが発表した論文「Metasurface-enabled quantum holograms with hybrid entanglement」は、量子ホログラム(量子力学とホログラフィーを組み合わせた技術)を用いて、消去可能なメッセージを送信する量子通信技術を提案した研究報告である。この技術は、量子もつれ(2つの粒子がどれだけ離れていても相関関係を保つ現象のこと)した光子対を利用してホログラフィック画像を伝送し、またその画像を選択的に消去することを可能にする。

実験で生成された「H、D、V、A」という文字のホログラム
量子もつれを利用して選択的に消去可能な量子ホログラムを生成するシステムの概要

 「二重スリット実験」は量子力学の概念を示す実験である。粒子を2つの平行なスリットに向けて発射すると、その先の検出器上に波の干渉パターンが現れる。これは粒子が両方のスリットを同時に通過したかのような結果だが、どちらのスリットを通ったか観測しようとすると、干渉パターンは消失するという不思議なことが起きる。

 この実験結果は、粒子が波動性と粒子性の両方の性質を持つこと、そして「観測」という行為が量子系に影響を与えることを示した。

 この現象をホログラフィーと量子もつれに応用したのが、今回の研究となる。2つの粒子の特性を量子もつれ状態にし、観測方法を変えることで、ホログラムが波として振る舞うか、粒子として振る舞うかを制御する。この制御により、生成したホログラムの一部部分だけを消去できる。例えば、特定の文字を消去したり、復元したりすることが可能だ。

 研究チームは、メタサーフェス(光を操作する特殊な表面)と呼ぶ材料を用いて量子ホログラムを作成することを試みた。まずレーザー(405nm)を特殊な結晶(β-バリウムホウ酸塩結晶)に照射し、量子もつれ状態にある2つの光子(シグナルとアイドラー)を生成する。

 これらの光子は別々の経路を進む。一方の光子(シングル)はメタサーフェスを通過する。メタサーフェス上には数千の微小構造(ナノサイズの隆起など)を配置しており、これらが光子の量子状態を事前にプログラムされた方法で変化させる。これにより、ホログラフィック画像が光子に符号化される。

 もう一方の光子(アイドラー)は偏光フィルターを通過する。この偏光フィルターが、最終的に現れるホログラムのどの部分を表示し、どの部分を消去するかを制御する役割を果たす。2つの光子は量子もつれしているため、一方の光子(アイドラー)を操作することで、もう一方の光子(シングル)が作成する画像に影響を与えられる。

 実験では、特殊な結晶とレーザーを使って量子もつれ状態にある光子対を生成し、その一方の光子(シングル)をメタサーフェスに通すことでホログラムを作成した。このホログラムには「H、D、V、A」という4つの文字が表示されるよう設計した。

実験セットアップと結果

 もう一方の光子(アイドラー)の観測方法を変えることで、ホログラムの内容を遠隔で制御できるかを検証したところ、実証に成功した。具体的には、光子の経路に偏光子を挿入し、その角度を変えることで、ホログラム中の特定の文字を選択的に消去できた。例えば、水平方向の偏光子を用いると「H」の文字が消えるといった具合である。

消去効果を伴う量子ホログラム干渉

 この量子通信は、専門的だが、その影響は広範囲に及ぶ可能性がある。量子通信は、金融取引から個人データに至るまで、あらゆる通信でのセキュリティを強化するからだ。今後の展開としては、暗号鍵を安全に共有する量子鍵配送(QKD)のテストをしたいとしている。

 この研究は、サンディエゴで8月に開催の「SPIE Optics + Photonics」において発表された。この記事の内容には、この講演で発表された内容も含まれていることに留意したい。

Source and Image Credits: Liang, Hong, et al. “Metasurface-enabled quantum holograms with hybrid entanglement.” arXiv preprint arXiv:2408.10485(2024).



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