このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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ドイツのMax Delbruck Center for Molecular Medicineなどに所属する研究者らが2020年に発表した論文「The Sensory Coding of Warm Perception」は、哺乳類における温感知覚のメカニズムを発見した研究報告である。
温かさや冷たさを感じる能力は生物の生存に欠かせないものだが、皮膚が温かくなったことをどのように感知するのかという神経メカニズムは長年の謎だった。
研究チームはまず、マウスが前足の微細な温度変化を感知できることを証明した。マウスは訓練によってわずか1℃の温度上昇を報告することができるようになり、この感度は人間の温度知覚能力とほぼ同等であることを示した。さらに、マウスは温度変化の方向性も正確に区別でき、温かさと冷たさを混同することはなかった。
次に研究者たちは、温度変化に反応する感覚神経線維を詳細に調査した。予想に反して、温かさだけに反応する専用の「温感受容器」は見つからなかった。代わりに、温かさの知覚には2種類の多機能C線維(無髄の感覚神経線維)が関与していることが明らかになった。
1つ目のタイプは温度上昇によって活性化され、もう1つのタイプは温度上昇によって抑制される。特に重要なのは、後者の線維群が通常の皮膚温度で持続的な発火活動を示し、温かい刺激が与えられるとその発火が抑制されるという性質を持っていることだ。
さらに研究チームは、さまざまな温度感受性イオンチャネルの役割を調べるため、遺伝子改変マウスを用いた実験を行った。驚くべきことに、冷感受容体として知られるTRPM8チャネルを欠損したマウスは、温かさを全く感知できなくなった。TRPM8欠損マウスでは、温度上昇によって抑制される持続的活動を持つ冷感受性C線維が存在しないと分かった。一方、温度上昇によって活性化されるC線維は正常に存在していた。
これらの結果から、皮膚が温められると、一部の神経線維の活動が増加し、別の神経線維(特にTRPM8を発現する冷感受容ニューロン)の活動が抑制される。脳はこの2つの情報を統合することで温かさを認識する。つまり、温かさを感じるためには「何かが活性化される」だけでは不十分で、「何かが抑制される」ことも同時に必要だということを示している。
この研究は、神経科学分野の雑誌「Neuron」に2020年6月3日付で掲載された。
Source and Image Credits: Ricardo Paricio-Montesinos, Frederick Schwaller, Annapoorani Udhayachandran, Florian Rau, Jan Walcher, Roberta Evangelista, Joris Vriens, Thomas Voets, James F.A. Poulet, Gary R. Lewin. The Sensory Coding of Warm Perception.
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