――留学生が病気で療養していたのは事実でしょうか。
松尾 事実です。当然、東京大学に在籍している留学生ですから、医療を受ける権利もありますし、別に何か不正をして医療を受けたわけではなく、正当な権利として医療を受けています。
※編集部注:「在留資格が『留学』で住民登録をする学生は全員、国民健康保険に加入しなければならない」(東大公式サイトより)
――1300万円という額は医療費としてはかなり高額ですが、どのような症状かなど、研究室で把握しておりますか?
松尾 学生の個人情報に関わる内容ですので、詳細は差し控えさせていただきますが、命に関わる重篤な病気です。これだけの医療費がかかるような大変に深刻な病気であるということです。診断書も確認しています。
――研究室として今回の騒動についてどのように判断していますか。
松尾 学生のことを少しお話ししますと、非常に真面目で、おとなしい学生です。生成AIに関して、LLM(大規模言語モデル)の中の挙動を明らかにするといった研究をしています。病気で大変な状況の中頑張って研究をしている、同級生からも信頼が厚く、仲間に助けられながら頑張って勉強している、そういう学生です。
彼女の普段の言行や、今回の騒動における彼女との一連のやりとり、説明内容、証拠などから、彼女の主張は一貫しており信ぴょう性が高いと考えています。今回の騒動は、彼女に非があるわけではなく、巻き込まれたと判断しています。
――大学・研究室として正式に声明を出されていない理由は何かあるのでしょうか。
松尾 今回の件は、個人のソーシャルメディア上の発信に関することであり、大学や研究室が何か声明を出さなければならないという性質のものではありません。そもそも、彼女のアカウントは「東京大学の松尾研の学生です」と名乗って発信しているわけではありません。そこに研究室ないし大学が、本人との同一性を明示的に示してしまうことも問題です。
――今回の騒動について、松尾教授はどう捉えているのでしょうか。
松尾 今回は生成AIの画像というわけではありませんが、偽情報が広がることに関しては注意が必要だと思います。研究室としては、それを身をもって体験したわけですが、その対応の難しさを改めて実感しました。
もう一つ、今回非常に危惧していることが、国際的な政治情勢に関するところです。彼女が中国からの留学生で、「日本の医療費を盗んだ」として攻撃されましたが、その背景には昨今の政治情勢があると思います。私も「AI戦略会議」などの政府の立場として、こういった政治情勢にも気を遣って振る舞う必要があることはよく分かっています。
ただ、大学の教員という立場からすると、また事態は異なります。私はアカデミアや文化、スポーツというのは、政治情勢がどうあろうとも、人々をつなぐ役割であるべきだと思います。
中国からの留学生は、わざわざ母国を離れ、日本に留学してくれているわけですよね。日本の文化の中で暮らして、日本の教育を受けているということは、両国の関係性にとっても大事なことですし、そうした人が世界で活躍してくれることは、長期的に見たときに日本にとって大きな財産になると思います。
アカデミアでは人種や国籍を問わずに世界中の研究者たちが頑張って努力をして、論文を書いて、知見を共有しながら科学技術を前に進めている。それが社会をより良くすることだと思ってやっているわけですので、研究室に所属する学生が国籍をからめて非難されるのは、私は適切ではないと思います。こういった時代だからこそ、アカデミアは人々の間をつなぐ役割を果たしていきたいと思っています。
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