このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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カナダのトロント大学に所属する研究者らが発表した論文「Are humans facing a sleep epidemic or enlightenment? Large-scale, industrial societies exhibit long, efficient sleep yet weak circadian function」は、産業社会と非産業社会における睡眠パターンを比較した研究報告である。
研究チームは、21カ国にわたる計5101人(54の研究で構成)のデータを分析。さらに、866人のデータから体内時計機能を評価した。この研究では、サン族(南部アフリカ)、ハヅァ族(タンザニア)、バヤカ族(コンゴ)などの狩猟採集民や、ナミビアのヒンバ族のような遊牧農耕民を含む非産業社会と、電気や技術へのアクセスが豊富な産業社会を比較している。
結果として、睡眠時間は産業社会で平均7.1時間なのに対し、非産業社会では平均6.4時間と、約45分の差があることが判明した。非産業社会の中でも、サン族は6.66時間、ハッザ族は6.22時間、バヤカ族は5.94時間、ヒンバ族に至っては5.47時間と短い睡眠時間であった。ちなみに人類全体の平均睡眠時間は約6.78時間している。
睡眠効率(ベッドで過ごす時間のうち実際に眠っている時間の割合)については、産業社会では平均87.9%と高いのに対し、非産業社会では平均73.9%と、14%もの差があった。
左上:産業社会(赤)と非産業社会(青)の睡眠時間を示す確率密度分布 右上:産業社会と非産業社会の睡眠効率を示す確率密度分布 左下:全人口の平均睡眠時間を示す黄色の確率密度分布 右下:全人口の平均睡眠効率を示す黄色の確率密度分布一方、体内時計機能指数(CFI)は非産業社会で平均0.70と高く、産業社会では平均0.63と低いことが分かった。これは、自然環境で生活する人々の方が日光や温度変化などの環境要因に曝されることで、体内時計がより強く調整されていることを示している。
産業社会の人々はより安全で快適な睡眠環境によって睡眠の質と長さを向上させる一方、人工照明や温度管理した室内環境により、体内時計を調整する自然な環境要因(日光や温度変化など)への暴露が減少していることを示唆した。つまり、現代社会における睡眠の問題は、睡眠時間の短さではなく、主に体内時計の乱れにあるという新たな視点を提示した。
研究者らは概日リズムに同調した行動習慣の改善を推奨している。具体的には、日常習慣、自然光への最適な暴露、夕方の電子機器使用の慎重な管理などが、概日リズムの乱れによる悪影響を軽減し、全体的な睡眠の質と健康を向上させる可能性があるという。
Source and Image Credits: Samson David Ryan and McKinnon Leela 2025Are humans facing a sleep epidemic or enlightenment? Large-scale, industrial societies exhibit long, efficient sleep yet weak circadian functionProc. R. Soc. B.29220242319 http://doi.org/10.1098/rspb.2024.2319
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