このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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米マサチューセッツ総合病院や英ブリストル大学などに所属する研究者らが発表した論文「Role of inflammation in depressive and anxiety disorders, affect, and cognition: genetic and non-genetic findings in the lifelines cohort study」は、体の炎症反応が心の健康にどのような影響を与えるのかを調べた研究報告だ。 炎症とうつ病、不安症、認知機能の関係について、オランダで5万5098人を対象とした大規模研究を実施した。
炎症とは、体が感染や損傷から身を守るための免疫反応だ。急性の炎症は必要な防御反応だが、慢性的に続く軽度の炎症はさまざまな病気と関連することが知られている。研究者たちは、この慢性炎症がうつ病や不安障害、記憶力の低下などにも関わっているのではないかと考えた。
研究では主にC反応性蛋白(CRP)という炎症マーカーを測定した。CRPは血液検査で簡単に測れる物質で、体内の炎症レベルを示す指標となる。参加者のCRP値と、うつ病・不安障害の診断、感情の状態、認知機能テストの成績との関連を調べた。
また人は生まれつき炎症を起こしやすい遺伝的な体質を持つ場合があるため、遺伝子の情報も活用した。この遺伝的な違いを利用することで、単なる相関関係ではなく、炎症が本当に精神症状の原因となっているかを探ることができる。
血液検査の結果を分析したところ、CRP値が高い人ほどうつ病の診断を受けやすく、ネガティブな感情が強く、ポジティブな感情が弱い傾向があった。また、注意力や反応速度などの認知機能も低下していた。しかし、年齢や性別、教育、健康状態、肥満度などの要因を考慮すると、これらの関連は弱くなった。
遺伝子解析では、生まれつき炎症を起こしやすい遺伝的体質の人は、ネガティブな感情を持ちやすいことが分かった。また、不安障害やうつ病のリスクもやや高い傾向があった。一方、認知機能については、特定の炎症関連遺伝子(IL-6受容体)を持つ人で記憶力が低下していた程度で、大きな影響は見られなかった。
炎症とうつ病の関係については、まだ完全には解明されていない。炎症は特にネガティブな感情と関連しており、不安症やうつ病、認知機能にも一定の影響を与える可能性があるが、これらの関係は複雑で、他の要因(ストレス、肥満、生活習慣など)を介している可能性がある。
Source and Image Credits: Mac Giollabhui, N., Slaney, C., Hemani, G. et al. Role of inflammation in depressive and anxiety disorders, affect, and cognition: genetic and non-genetic findings in the lifelines cohort study. Transl Psychiatry 15, 164(2025). https://doi.org/10.1038/s41398-025-03372-w
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