FASTが流行ってもう5〜6年になるので、米国ではそれなりになぜウケたのかの分析が進んでいる。
1つの理由は、視聴者の「サブスク疲れ」だ。米国のテレビ視聴は長らくCATVが中心であり、地上波をアンテナで直接受信している世帯は非常に少ない。ここが日本と大きく違うところだ。
動画のサブスクサービスが台頭した2010年代頃から、CATVの契約を切ってサブスクに絞るユーザーが出てきた。ケーブル契約を切るので、これらの人たちは「コードカッター」と呼ばれた。
しかしその代わり、サブスク契約は1つというわけにもいかず、3つも4つも契約する羽目になる。それぞれの料金は必ずしも安いものではなく、家計を圧迫し始めた。
さらにサブスクサービスは、何を見るか懸命に複数のサービスをブラウジングし、結局何も決められないまま時間だけが過ぎるといった現象を引き起こすようになった。目の前にあまりにも沢山コンテンツがありすぎても、決められなくなってしまうのだ。
さらに視聴スタイルも異なる。サブスクサービスは基本的にはビデオレンタルに代わるものなので、コンテンツは映画のように前のめりになって視聴を迫るものが大半である。テレビ放送のように、カウチにケツを預けてピザをビールで流し込みながら頭を空にして眺めるような、リーンバック型の視聴スタイルとは馴染みが悪い。
毎晩毎晩仕事から疲れて帰ってきてるのにこれは辛い、というわけである。もっとテレビ的なコンテンツを、タダで見られないのか。こうしたニーズにFASTがハマった。
もう1つの理由は、サブスクサービスだけだと、ニュースが見られないということである。米国はテレビニュースへの関心が非常に高く、ネットニュースと併用されている。全国ニュースはネットでも一部見られるが、ローカルニュースをテレビで見るシステムがない。先にも述べたが、米国のテレビはほとんどアンテナ線に繋がってないのだ。
これはやはり不便だということで、FASTが提供するニュースチャンネルが注目されるようになった。
3つ目は、コンテンツを提供するテレビ局は、新たにFAST用のコンテンツを作らなくていいということである。FASTは必ずしも最新のテレビ番組は求められておらず、昔の古いテレビコンテンツがそのまま放映されている。自分が生まれる前の西部劇や「エド・サリバン ショー」を見たいというニーズはそれなりにあるのだ。これまでCATVに安く卸すだけだったコンテンツが、また別のところで金を生むようになったわけだ。
ニュースチャンネルは、新たにニュース番組を制作する必要はなく、放送とサイマルで配信すれば済む。そもそも米国にはニュース専門チャンネルがいくつもあり、24時間ニュースを流し続けている。
つまりFASTは、消費者にとってはもう一度CATVと契約し直す必要はなく、これまで見てきたサブスクの環境があれば、そのまま以前のようなテレビ放送型のコンテンツ視聴体験ができる。新しい技術を使って古いスタイルに戻れる、しかも無料で、というわけだ。
テレビ局側にとっては、新しくコンテンツを作る必要はなく、今手元にあるものを出せばいい。元々テレビ番組は間にCMが入るように制作されており、コンテンツにちゃんと切れ目がある。映画のような切れ目のない作品に無理やりCMをぶち込んで苦情が来るといったこともない。
しかも広告が売りやすい。それぞれが専門チャンネルなので、チャンネルごとにターゲティングができている。わざわざリスクを冒して個人情報を取る必要がない。
FASTが米国でウケたのには、いくつもの歯車が噛み合った結果と言える。
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