このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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米スタンフォード大学やアメリカ国立標準技術研究所(NIST)などに所属する研究者らがNature Electronicsで発表した論文「A unified realization of electrical quantities from the quantum International System of Units」は、電気の基本単位であるアンペア(電流)、オーム(抵抗)、ボルト(電圧)を一つの装置で基準を作り出す標準器を提案した研究報告だ。
電圧計や電流計は誰でも買えるし、実際に多くの人が使っている。しかし、その測定器が示す「1ボルト」が本当に正しい1ボルトなのか、誰が保証するのだろうか。世界中の全ての電気測定器は、頂点に立つ「標準器」から順々に校正されることで、その正確さを保っている。
従来、電気単位の標準は物理的な標準器(特定の抵抗器など)に依存していたため、経年変化や環境の影響を受けやすく、長期的な安定性に課題があった。しかし2019年、国際単位系(SI)の改定により、全ての電気単位を自然界の普遍的な物理定数で定義することに。これにより、量子現象を利用して正確で不変の基準を作り出すことが可能になった。
ただし、技術的な制約があった。電圧の基準を作る装置(PJVS)と抵抗の基準を作る量子装置(QHRS)は、極低温環境でしか動作しない上、磁場要件が相いれないため、これまでは別々の冷却装置で基準を作り、後から組み合わせる必要があった。
今回の研究では、磁場を必要としない新しい量子材料を使うことで、従来は分離が必要だった2つの量子システム(今回開発したQAHRと従来のPJVS)を同一のクライオスタット(極低温冷却装置)内で動作させることに成功した。これにより、電圧・電流・抵抗という電気の3大単位全ての基準を一つの装置で生み出せ、精度は数百万分の1のレベルに達しているという。
現代社会は精密な電気計測に支えられている。スマートフォンから医療機器、GPS、量子コンピュータまで、あらゆる電子機器の性能は正確な電気測定に依存している。今回開発された装置により、これまで複数の装置と複雑な手順が必要だった標準決定プロセスが大幅に簡素化され、より高い精度と効率性を実現できる。
Source and Image Credits: Rodenbach, L.K., Underwood, J.M., Tran, N.T.M. et al. A unified realization of electrical quantities from the quantum International System of Units. Nat Electron(2025). https://doi.org/10.1038/s41928-025-01421-2
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