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免疫抑制剤「ラパマイシン」に“寿命延長効果”はあるのか? 英国チームが検証Innovative Tech

» 2025年09月11日 08時00分 公開
[山下裕毅ITmedia]

Innovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

X: @shiropen2

 英オックスフォード大学や英ノッティンガム大学などに所属する研究者らが発表した論文「Rapamycin exerts its geroprotective effects in the ageing human immune system by enhancing resilience against DNA damage」は、老化抑制薬として注目される「ラパマイシン」がこれまで知られていなかった新たなメカニズムで寿命延長効果をもたらすことを発見した研究報告だ。

ラパマイシンが寿命延長に効くメカニズムを解明(絵:おね

 ラパマイシンは「mTOR」と呼ばれるタンパク質の働きを阻害する薬剤で、これまでに全ての実験動物で寿命延長効果を確認している。しかし、なぜこれほど強力な抗老化作用を示すのか、その詳細なメカニズムは長らく不明であった。

 人間の体は加齢とともにDNAに傷が蓄積し、特に免疫細胞のDNA損傷は全身の老化を加速させることが知られている。今回の研究は、ラパマイシンがDNAそのものを保護することで老化を遅らせる可能性を示している。

 研究チームはまず、「T細胞」と呼ばれる免疫細胞を用いた実験を行った。DNA損傷を引き起こす薬剤にさらされたT細胞にラパマイシンを投与すると、通常は細胞が大きなダメージを受けるが、DNAの傷が減ることが分かった。

ラパマイシン投与により、DNA損傷を受けた免疫細胞(T細胞)で損傷の程度が軽くなった実験結果

 さらにラパマイシンを与えた細胞は、DNAを傷つける薬品にさらされても対象群と比べて生存率が高いことが分かった。重要なのは、この保護効果が「オートファジー」「細胞周期」「タンパク質合成」といった既存のメカニズムとは独立して作用することを確認できた点だ。

 続いて研究チームは、50〜90歳の男性を対象とした臨床試験を実施した。参加者は4カ月間、1日1mgという低用量のラパマイシンまたは偽薬を服用した。この用量は免疫抑制に使用される通常の治療量よりも少なく、実際に白血球数への影響も認められなかった。

 試験の結果、偽薬を飲んだグループと比べて、ラパマイシンを飲んだグループでは免疫細胞のDNA損傷が少なかったことが示された。ただし、この試験の参加者数はラパマイシン群4人、偽薬群5人と小規模であり、研究者自身もより大規模な検証試験の必要性を指摘している。

 この研究は、ラパマイシンが単に細胞の代謝を変化させるだけでなく、DNAレベルでの保護作用を通じて老化を遅らせるという新しいメカニズムを提示している。

Source and Image Credits: Loren Kell, Eleanor J Jones, Nima Gharahdaghi, Daniel J Wilkinson, Kenneth Smith, Philip J Atherton, Anna K Simon, Lynne S Cox, Ghada Alsaleh. Rapamycin exerts its geroprotective effects in the ageing human immune system by enhancing resilience against DNA damage. bioRxiv 2025.08.15.670559; doi: https://doi.org/10.1101/2025.08.15.670559



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