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「鬼滅の刃」無限城編の驚異的ヒットはなぜ起きた? 劇場への“熱狂”を生んだ、新たな方程式とはまつもとあつしの「アニメノミライ」(1/2 ページ)

» 2025年09月14日 10時00分 公開

 2025年夏、「劇場版『鬼滅の刃』無限城編」が公開からわずか4日間で興行収入73億円という驚異的な数字を記録し、その後も成績を伸ばし続けている。この記録は、国内の歴代興行収入1位である前作「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の初動3日間(46億円)を大幅に超えるものだ。しかし、この熱狂は配給・興行の関係者にとっても「想定外」であった可能性が、データからうかがえる。

劇場版「鬼滅の刃」無限城編

 映画ビジネスメディアBranc編集長の杉本穂高氏によるデータによれば(プレコグ調べ)、「無限城編」の公開初週の座席数シェアは55.8%。これは、同年公開の「名探偵コナン 隻眼の残像」(58.3%)を2.5ポイント下回る数字だ。この差は、杉本氏の分析によれば1劇場あたり1日に約2回上映回数が少ない計算となり、仮に満席近くになると考えれば興行収入にして数億円規模の機会損失に繋がりかねない、決して小さくない差である。

 鬼滅と同じく東宝×アニプレックスが配給する「国宝」の想定外のロングヒット、つまり座席数シェアの確保が求められたとはいえ、国民的ヒットの続編としては、やや弱気な公開規模にも見える。

映画ビジネスメディアBranc編集長の杉本穂高氏によるデータ

 にもかかわらずこれほどのムーブメントが生まれたのか。その背景を紐解くと、旧来のヒットの方程式から脱却し、いま私たちを囲むメディア環境とファン心理を的確に捉えた戦略が見えてくる。

 ※本稿は、アニメ評論家の藤津亮太氏と筆者が運営するオンライン番「アニメの門 DUO」に杉本穂高氏を招いて行った対談を基に、再構成したものである。当日の模様は、以下のアーカイブ動画も参照されたい。

「鬼滅の刃」大ヒットから見える日本アニメの未来

絶やされなかった「ヒットの種火」:ファンを繋ぎ止めた「ワールドツアー」

 作品の展開が長期化する上で、ファンの「中だるみを防ぐ」ことは避けがたい課題だ。その点において、テレビアニメシリーズが果たしてきた役割は大きい。そしてそれを支えたのは他スタジオでは困難なペースで、高品質な映像をほぼ毎年供給し続けるufotableの安定した制作能力だ。

 2019年のテレビアニメ第一期「竈門炭治郎 立志編」は、TOKYO MXやBS11を中心とした20局ネットで放送が開始された。社会現象の幕開けとなったこの放送の後、「無限列車編」や「遊郭編」のテレビアニメ版からは、放送体制が全国フジテレビ系列での独占放送へと移行した。これにより視聴可能なエリアは大きく広がったものの、「遊郭編」の放送時間は日曜23時台であり、依然として子供やファミリー層がリアルタイムで視聴するにはハードルが高い深夜帯であったことは否めない。

海外では配信プラットフォームがファンベースの拡大を力強く支えた

 対照的に、海外では配信プラットフォームがファンベースの拡大を力強く支えた。日本では2019年のテレビアニメ放送開始直後から米Netflixでの配信が始まり、米国でも2021年1月には配信が開始されるなど、グローバルに視聴環境が整備されてきた。

 このように、テレビ放送による国内での影響拡大には一定の限界が見られる一方で、より国内外のコアファンに働きかけ、熱狂の「種火」を残す上で巧みな一手となったのが、2度にわたる「ワールドツアー上映」であった。この上映は、「放送済みテレビシリーズの最終話」と「新作の第1話」を組み合わせるという、異例の形式だった。国内の興行成績だけを見れば「無限列車編」の約10分の1であり、限定的なヒットにも見える。しかし、この施策の真の価値は、ファンが年に一度集う「お祭りの場」を提供し、作品コンテンツへのエンゲージメント(接触)を世界規模で維持し続けた点にあると考えられる。

熱狂の着火点:メディアシフトが示した新たな可能性

 コアとなるファンベース(種火)があったとしても、それを劇場動員という具体的な行動に繋げるには燃料が必要だ。かつて、その役割の中心を担ってきたのはテレビ局だったが、今回のヒットの背景には、明らかなメディアシフトが見て取れる。

 総務省情報通信政策研究所の「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によれば、10代のYouTube利用率は97.7%にのぼり、小学生(6〜9歳)においても90%以上が利用しているというデータがある。これはテレビの視聴傾向を大幅に超えており、若年層にとってYouTubeが生活に不可欠なプラットフォームとなっていることを示している。実際、筆者の知人のお子さん(8歳・小学生の女児)はこの夏休みにYouTubeで鬼滅の動画に数多く触れ、いちどは落ち着いていた鬼滅ブームが再燃したそうだ。

 「鬼滅の刃」の公式映像を展開するアニプレックスのYouTubeチャンネルは、800万人を超えるチャンネル登録者数を誇る。ここで2025年8月に公開された「無限城編」の本予告は、わずか数週間で3000万回再生を突破。主要キャラクターに焦点を当てたプロモーションリールもそれぞれ数十〜数百万回再生されている。

 さらに強力な武器となったのがYouTube Shortsだ。ufotable制作のインパクトある映像は、一瞬でも視聴者の目を引く力があり、Shortsとの相性が抜群に良いと杉本氏は語る。数十秒の短い動画はアルゴリズムによって拡散されやすく、ファンの熱量を可視化し、新たなファンを呼び込む効果も期待できる。

「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」カウントダウン 公開まで-あと4日-

 深夜テレビアニメで近年顕著な「毎週の放送とその後のSNSによる拡散・共有」というヒットの方程式とは異なる動きがそこにはあった。筆者をはじめ、普段X(旧Twitter)やFacebookのようなテキスト型のSNSを中心に見ている層にとっては、今回の鬼滅を巡るムーブメントの高まりは視界にはいっておらず、ヒットに驚かされた背景にあると言えそうだ。(このことは最近の選挙でもYouTubeにおけるムーブメントが予測を超えるものになっている現象とも通じる)

 テレビが機能しなくなったわけではない。幅広い層に作品の存在を知らせるという点では、依然として重要なメディアである。しかし、今回の無限城編における熱量の「着火点」となり、ファンを劇場へと向わせる直接的な動機を生み出したのは、テレビではなくYouTubeを中心としたデジタルプロモーションであった可能性が高い。

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