YouTubeで生まれた熱を、受け止め、興行収入へと転換する場所。それが映画館だ。無限城編の驚異的な動員の背景には、映画館そのものの役割が近年大きく変化しているという側面が存在する。
杉本氏は、近年の映画館がファンにとって「推しの晴れ舞台」になっていると分析する。これは、単に物語を鑑賞する場所というだけでなく、自分が愛するキャラクター(推し)の活躍を、最高の映像と音響で体験し、応援するための特別な空間になっているという見立てだ。杉本氏は、アニメキャラクターにとって映画館は、ミュージシャンにとっての武道館や東京ドームのような、最も大きな舞台であると語る。ファンがそこに集うことで、劇場はさながらライブ会場のような祝祭空間と化す。
「最低でもあと5回行く!」もはや"映画を観る場所"ではない...全国の映画館で進む"アトラクション化"の行く末 | 文春オンライン
さらに、映画館はファンが作品やキャラクターに「直接課金」できる貴重な場所でもある、と杉本氏は続ける。月額課金モデルの配信サービスへの支払いがサービス全体への対価であるのに対し、映画のチケットやパンフレット、グッズの購入は、自分の「推し」への直接的な貢献として実感しやすい。この「推し活」のハレの場としての役割が、人々を劇場へと向わせる強い引力となっているのだ。
無限城編をはじめとした近年の劇場アニメの多くが、複数のキャラクターの見せ場を可能な限り並列で描き、それぞれにファンが感情移入しやすい構成になっているのも、こうした現代のファン心理に応える作りと言えるだろう。この傾向は本作に限った話ではなく、「ヒプノシスマイク」など、キャラクターを応援するためにファンが劇場に集うスタイルの作品は近年増加している。
また、物語そのものを味わうというより、その世界観を推しのキャラクターと共に「体感」するアトラクションムービーが好まれるのは世界的な潮流であり、マーベル映画などハリウッドのブロックバスター作品とも共通する構造であると杉本氏は指摘する。
数年にわたるワールドツアーとグローバル配信によって強固なファンベースを維持し、プロモーションの中心をYouTubeに移すことでターゲット層の熱を再点火・増幅させ、そして「推し活」の受け皿として進化した映画館でその熱を興行収入へと転換させた。
本作はテレビ局主導のメディアミックスに多くを依存してきた日本のエンターテインメント業界に、新たな方向性を示すものとなった。しかし、これが日本の独壇場であり続ける保証はない。杉本氏は、Netflixで世界的なヒットとなった韓国の「K-POP: DEMON HUNTERS」を例に挙げ、日本が得意としてきた音楽とアニメを組み合わせるメディアミックス的な手法を、海外のクリエイターたちがさらに洗練された形で展開していることもあわせて指摘している。
無限城編の想定以上のヒットは作品の魅力をネットワークを通じていかに的確にターゲットへ届け、ファンベースの熱狂へと昇華させるかという、より高度な戦略が国内外で問われる時代の幕開けを告げていると言えるだろう。
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