NHK技術研究所は技研だより4月号の中で、同所で研究開発してきた次世代テレビジョン放送方式の標準規格がARIBで認証されたことを発表した。これは地上波4K放送を念頭に検討されてきたものだ。
技術的な見どころとしては、映像コーデックにVVC(Versatile Video Coding)、つまりITU-T H.266を使用することで、大幅な帯域圧縮が見込める。ビットレートは30Mbps程度を想定しているようだ。フレームレートは59.94Hzのプログレッシブで、最大120Hzもサポートする。またマルチレイヤー符号化技術も規定され、利用者がレイヤーを選択することで、異なる解像度を選択したり、付加映像を重ねて表示できる。
音声技術ではオブジェクトベース音響に対応し、視聴者がオブジェクトを切り替えたり、オブジェクトごとに音量のバランスが設定できるとしている。NHKらしいあれもこれもの欲張り仕様だが、実際に放送サービスがそれに対応するのかは分からない。規格としてはある、という話である。
地上デジの4K化は23年には総務省で基本仕様を公開しており、今回の標準規格もそれに沿ったものである。
しかし標準規格が決まったからといって、すぐに放送の準備に入るわけではなく、具体的なロードマップはまだ明らかにされていない。ただ民放がBS 4Kから撤退するのが27年だとすると、撤退への批判をかわす意味でも、それと入れ替わる形でのスタートを目指すというシナリオが一番美しいところである。とはいえ、あと2年でキー局のマスター設備の切り替えが行われるとも考えられないので、28年から30年ぐらいにかけて徐々に転換していくという格好になるのだろう。
ただ今回の地デジ4K化は、地デジ化の時のように国策で進めるわけではない。当時はアナログ放送の周波数帯を空けるための引っ越しという目的があった。だが今回は周波数帯の引っ越しは行われないので、テレビ局主体で進められることになる。地デジ4K化が国策ではないということは、23年の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(第20回)」で確認されている。
難しいのは、地上波を4K化した国がまだあまりないことである。一応韓国が先陣を切ったが、あまり視聴者は増えていないようである。またフランスは24年のパリオリンピックに合わせて、H.265ベースで地上波4K放送をスタートさせている。ただ、まだカバー範囲は主要都市に限られ、国土全域に展開できるかはここからが正念場である。米国も一部放送局主導で4K化に取り組んではいるが、全国的な展開ではない。
また放送方式という点でも、韓国や米国はATSC 3.0、フランスはDVB-T2で、日本の放送方式(ISDB-T)とも違うので、電波利用の観点からしても条件が違う。日本は結構な一人旅である。
消費者側も、今持っているテレビでそのまま地上波4Kが受信できるわけではない。今のテレビではまだH.266がデコードできないからである。よって地デジの時のように、外付けチューナーなどが登場することになる。しばらくは従来放送とサイマルで放送されるが、移行期間はある意味消費者側の対応待ちともいえるので、かなり長くかかるだろう。
長くかかれば、放送局はBS 4Kのように、4Kと2Kの両方でコンテンツを作らなければならないという二重負担が長く続くことになる。放送局はその負担に耐えられるだろうか。
カギを握るのは、消費者の意向である。4Kはネットサービスで見られるから、テレビは今のままでいい、という意見もあるだろう。次回のWBCが米Netflix独占中継に決定したように、テレビ放送には多くを期待できなくなってきている。
コンシューマーでは4Kが撮影・再生できないスマートフォンは現行機種ではほとんどないだろうし、デジタルカメラも同様で、すでに手元では4K映像は当たり前になっている。
コンシューマーの平均値からすれば、日本の主要コンテンツインフラがいつまでもHDというのは、時代に合わないのも事実だ。つまり地上波放送が時代に追い付くためには、4K化は避けられない。だが、そこに強いニーズがあるのか分からない。
いざ放送は始まったものの、BS4K左旋のように誰も見ない電波が無駄に飛んでるだけ、となる可能性も否定できない。地上波放送局は地方局も含めて、地上波4Kに乗るかそるかの判断を、この1年以内に迫られることになるだろう。
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