このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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米ロサンゼルスに住む研究者Jeff McQuillan氏が2020年に発表した論文「Harry Potter and the Prisoners of Vocabulary Instruction: Acquiring Academic Language at Hogwarts」は、ハリー・ポッターシリーズを読むことで教科書に登場する学術英単語を効率的に習得できることを示した研究だ。
この研究は中級レベルの英語学習者を対象に、世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズ全7巻(約110万語)を用いたコーパス分析を実施。楽しみのための読書が学術語彙(ごい)習得においてどれほど効果的かを検証した。
研究チームは、学業に必要とされる570の単語グループ(語族)から成る「アカデミック・ワード・リスト」(AWL)の出現頻度を調査した結果、AWLの85%にあたる486語族がシリーズ内に少なくとも1回は登場することを発見した。
実際の語彙習得の可能性については、単語の繰り返し回数を基準に推定。物語の中で同じ単語が異なる文脈で繰り返し使われることで、自然な習得が促進されるという理論に基づき、6回以上出現する語が297語、12回以上では204語、25回以上では123語という結果を得た。
中級レベルの第二言語学習者や米国の小学4年生の平均読書速度(分速150語)で計算すると、シリーズ全巻の読了には約125時間が必要となる。これは毎日30分の読書で約8カ月強(250日)で完読できる計算で、この期間でAWLの約20〜50%の語彙を自然に習得できると推定される。
一方、従来の学術語彙指導プログラムでは、約3.3時間の指導で1つの新単語を習得する効率性を示した。これらのプログラムでは、教師が1日10〜20分を費やし、単語の意味、文脈手掛かり、辞書定義、形態素分析など多様な技術を用いて指導を行っていた。
両アプローチを比較した結果、読書による語彙習得は従来の明示的指導より1.6倍から8倍効率的であることが判明。さらに読書は、語彙だけでなくスペリングや文法、文体、一般知識の習得にも同時に貢献し、生徒にとってより楽しい学習方法でもあるという利点を示した。
Source and Image Credits: McQuillan, J.(2020). Harry Potter and the prisoners of vocabulary instruction: Acquiring academic language at Hogwarts. Reading in a Foreign Language, 32(2), 122-142.
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