このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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台湾の弘光科技大学やSchweitzer Biotech Companyに所属する研究者らが発表したプレプリント論文「A 56-Day Randomized, Double-Blinded, and Placebo-Controlled Clinical Assessment of Scalp Health and Hair Growth Parameters with a Centella asiatica Extracellular Vesicle and Growth Factor-Based Essence」は、「ツボクサ」という薬草から抽出した成分と、人工的に改良した成長因子を組み合わせた頭皮ケア製品についての研究報告だ。
わずか2カ月で髪を太く、濃くし、抜け毛を大幅に減らすことを臨床試験で実証したという。
臨床試験は、60人(18〜60歳)の健康な成人を対象に、56日間実施した。参加者は偽薬(プラセボ)含む5つのグループに分けられ、それぞれ異なる配合の頭皮用エッセンスを毎晩使用。皮脂量や毛髪の長さ、太さ、密度、抜け毛などのパラメータは、ベースライン、14日目、28日目、42日目、56日目に評価した。
最も効果的だったのは、ツボクサ由来の細胞外小胞、成長因子(IGF-1とFGF-7)、カフェイン、パンテノールを全て配合した製品だった。
結果、髪の太さは27.9μm増加。これは偽薬を使用したグループの約2倍の改善だ。髪の密度も23.9%増加し、偽薬グループの11.9%を大きく上回った。注目すべきは抜け毛の減少で、63.6%も改善。偽薬グループでも43.1%の改善は見られたが、統計的に有意な差があった。
髪の成長速度についても、全成分配合グループは56日間で3.5cmの伸びを記録し、プラセボ群を有意に上回った。この差は試験開始からわずか14日目で既に現れており、成長因子による毛包活性化の早期効果を示唆している。
頭皮の脂っぽさもより良い状態になった他、全成分配合グループでは皮脂分泌が59%減少し、頭皮環境が大幅に改善した。これはツボクサ成分の抗炎症作用と、頭皮の血流改善効果によるものと考えられる。
ツボクサは古くからアジアで薬草として使われてきた植物だ。今回の研究では、この植物から「細胞外小胞」と呼ばれる微小な粒子を抽出して使用した。これは植物の有効成分を濃縮したカプセルのようなもので、人間の細胞に吸収されやすい特徴がある。
成長因子というのは、もともと体内にあるタンパク質で、細胞の成長や修復を促す働きがある。しかし通常の成長因子はすぐに分解されてしまうため、研究チームは特殊な技術を使って長時間効果が持続するように改良した。これにより、毛根により長く働きかけることが可能になった。
カフェインは多くの育毛剤に使われている成分だが、毛根の細胞を活性化し、男性ホルモンによる脱毛を防ぐ効果を持つ。ビタミンB5の誘導体であるパンテノールも、毛根の細胞増殖を促進する働きがある。
現在広く使われている育毛剤のミノキシジルやフィナステリドは効果があるものの、使用を中止すると元に戻ってしまったり、性機能への影響などの副作用が問題となっている。今回の研究で使われた成分は植物由来と体内にもある成長因子を基にしているため、より安全な選択肢となる可能性がある。
ただし、この研究にはいくつかの制限がある。まずサンプル数が少ない。参加者の平均年齢が36歳と比較的若く、女性が多いため、高齢者や進行した薄毛への効果はまだ不明だ。また、2カ月という期間は髪の成長サイクルを完全に評価するには短く、長期的な効果や安全性については追加の研究が必要である。
Source and Image Credits: Tsong-Min Chang, Chung-Chin Wu, Huey-Chun Huang, Ji-Ying Lu, Ching-Hua Chuang, Pei-Lun Kao, Wei-Hsuan Tang, Wang-Ju Hsieh, Luke Tzu-Chi Liu, Wei-Yin Qiu, Ivona Percec, Charles Chen, Tsun-Yung Kuo. A 56-Day Randomized, Double-Blinded, and Placebo-Controlled Clinical Assessment of Scalp Health and Hair Growth Parameters with a Centella asiatica Extracellular Vesicle and Growth Factor-Based Essence. medRxiv 2025.09.10.25335404; doi: https://doi.org/10.1101/2025.09.10.25335404
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