2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
中国科学院などに所属する研究者らがPNASで発表した論文「Long-term effects of forty-hertz auditory stimulation as a treatment of Alzheimer’s disease: Insights from an aged monkey model study」は、40Hzの聴覚刺激を与えることがアルツハイマー病の非侵襲的治療法として有効である可能性を、世界で初めて霊長類を用いて実証した研究報告だ。
ここでいう「40Hzの聴覚刺激」とは、1kHzの純音を1秒間に40回(すなわち25ミリ秒ごとに1回の頻度)で聴覚に対して提示することを指す。
アルツハイマー病は世界で最も患者数の多い認知症であり、脳内にアミロイドβ (Aβ)による老人班とタウによる神経原線維変化とよばれる2種類の病変が出現するのが主な特徴だ。
近年、40Hzの光や振動による刺激が、この病気の非侵襲的な治療法として注目を集めてきた。2016年に米MITの研究チームがマウス実験で効果を報告して以来、多くの研究がその有効性を支持してきた。一方、これらの研究は全てげっ歯類を対象としたもので、ヒトとは脳の構造が大きく異なる動物での結果にすぎなかった。
研究チームは、この限界を克服するため、ヒトにより近い霊長類である高齢アカゲザル9頭(26〜31歳)を用いた実験を行った。これは40Hzの聴覚刺激の効果を霊長類で検証した世界初の研究となる。研究チームは聴覚刺激を選択したが、これはアルツハイマー病の病変が視覚野よりも側頭皮質(聴覚を処理する領域)でより顕著に現れるためだ。
実験ではサルを3群に分け、第1群には40Hzの聴覚刺激を、第2群にはランダムな聴覚刺激を、第3群には聴覚刺激なしの条件を適用した。刺激は1日1時間、7日間連続で行い、脳脊髄液中のAβ濃度の変化を測定して効果を評価した。
結果は、7日間の40Hzの聴覚刺激により、脳脊髄液中のAβ濃度が2倍以上に上昇。この効果は40Hzで特異的であることを確認した。研究チームはこの上昇を、40Hzの聴覚刺激が脳の老廃物排出システム(グリンパティック系)を活性化し、脳内にたまったAβを脳脊髄液へ押し出した結果と解釈している。
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さらにマウス実験では40Hzの聴覚刺激の効果は1週間で消失すると報告されていたが、今回の研究ではAβ濃度の上昇が5週間以上持続することが明らかになった。これはげっ歯類とサルでAβの代謝に大きな違いがあることを示しており、ヒトへの応用を考える上で極めて重要な知見だ。
一方、もう一つの病因タンパク質であるタウについては有意な変化がなかった。これを説明するため、研究チームは実験後にサルの脳を調べた。すると、全てのサルで老人斑が広く存在していた一方、タウの蓄積はもともとほとんど見られなかった。
つまり40Hzの聴覚刺激は脳内に実際に存在する病変に対応して効果を発揮し、Aβがたまっていれば排出を促進するが、タウ病変がなければ変化も生じないということを示唆している。
【訂正履歴:2026年2月4日午後3時20分 掲載当初、タイトルや本文内で「40Hzの音」と記載していましたが、正しくは「40Hzの聴覚刺激」でした。お詫びして訂正いたします。】
Source and Image Credits: W. Wang,R. Huang,L. Lv,X. Ma,Z. Li,Y. Zhang,J. Wu,S. Wu,J. Xu,Y. Hu,C.W. Turck,H. Li, & X. Hu, Long-term effects of forty-hertz auditory stimulation as a treatment of Alzheimer’s disease: Insights from an aged monkey model study, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 123(2)e2529565123, https://doi.org/10.1073/pnas.2529565123(2026).
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