系統に悪影響を与える太陽光発電や風力発電の短周期変動。これを有用薬品の合成に使う研究をドイツFraunhofer IGBが発表した。合成するのは「過酸化水素」。貯蔵や輸送にコストが掛かる過酸化水素を、必要に応じて現場で合成する。電力を無駄なく利用し、薬品の低コスト化に役立つ取り組みだ。
過酸化水素(H2O2)は有用な薬品だ(図1)。水溶液として用いられることが多く、衣料用の漂白剤や髪の脱色剤、食品の処理、消毒剤(オキシドール)など身近な用途が目立つ。製紙業や医療用殺菌剤にも欠かせない。
生物分解性が低い有機分子を破壊できる高い酸化力と細胞毒性がありながら、過酸化水素は最終的に水と酸素に分解する。環境にも優しい。
だが、生産や貯蔵、運搬を考えると扱いにくい面が目立つ。ほとんどの場合、高価な貴金属触媒を用い、大規模な集中型プラントで生産されている。過酸化水素は強い腐食性を持ち、自己分解する性質がある。国内でも消防法によって危険物第6類に指定されている。このため、貯蔵・輸送コストが大きい。
ドイツFraunhofer IGB(フラウンホーファー界面工学・バイオテクノロジー研究所:Fraunhofer Institut für Grenzflächen- und Bioverfahrenstechnik)の研究者は、この課題を解決する手法を編み出した。
まず、大規模生産ではなく、過酸化水素が必要な現場で直接少量生産する。有機化合物の酸化反応を用いる大規模生産とは違い、水と空気だけを使う。さらに、電力だけで生産する。さらに、変動する電力でも生産可能にする。
現場で必要に応じて生産できれば、貯蔵や輸送の問題は起こらない。有機化合物を用いず、水と空気と電力だけで生産できれば、反応装置をごく小型にまとめることができそうだ。Fraunhofer IGBで物理化学水技術のグループマネジャーを務めるトーマス・シェーラー(Thomas Scherer)氏によれば、水や空気以外の化学物質を用いないで動作させることに注力したという。
変動する電力でも生産可能とは、どのような意味だろうか。これは太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーをうまく使いたいという発想から生まれた要求だ。太陽光発電は出力が安定せず、系統に負荷をかけるため、問題視されている。系統から遮断したり、蓄電池を設置して電力を蓄積したりするという手法に加えて、有用な化合物を合成する道を開いた形だ。
Fraunhofer IGBは、欧州連合(EU)が主導する「OxFloc」プロジェクトに参加している。同プロジェクトは高コスト化が進む産業排水処理を改善するというもの。排水中の有機物を酸化し、金属粒子などを吸着する「ユニット」を開発している。特徴は2つある。まず、化学薬品を使用せず、電力だけで処理すること(図2)。次にユニットへ1回排水を通じるだけで処理でき、繰り返し循環する必要がないことだ。
Fraunhofer IGBの過酸化水素製造技術は、水と空気と電力だけを用い、小型でユニットに組み込みやすい。OxFlocプロジェクトに適する*1)。
同プロジェクトでは、埋め立て地から染み出る浸出水に含まれている有機物の分解と、汚染物質の吸着除去を設計実証モデルで確認した(図3)。処理性能は1時間当たり50リットル(L)。太陽光発電システムから得られた電力を用いた。
*1) なお、排水から有機物を除去する際に過酸化水素を利用することは、珍しくない。水に紫外線を照射することで直接過酸化水素を発生させるプロセス(UV酸化処理)などが利用されている。
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