コラム
» 2008年08月22日 17時29分 UPDATE

科学なニュースとニュースの科学:量子コンピュータって何? その3

量子コンピュータの仕組みをできる限り簡単に説明するシリーズ3回目。今回は「瞬間的に量子情報を伝達できる」という「量子テレポーテーション」の解説に挑戦します。

[堺三保,ITmedia]

 さて、前回までは、量子コンピュータの基本アイデアと、その元となった量子論の基礎の基礎について、できる限りかみ砕いて説明してみた。

 でもって今回は、さらにその続きとして「量子テレポーテーション」というものについて解説を試みたい。

 テレポーテーションというのは、日本語で「瞬間移動」のことである。最近の映画「ジャンパー」を見たことのある人は、主人公が超能力を使って瞬時にさまざまな場所へと移動してのけたのを見ただろう。あれが、テレポーテーションだ。また、「ドラえもん」に出てくる「どこでもドア」も、機械(どこでもドア)を使ったテレポーテーションということができるだろう。

 残念ながら、「量子テレポーテーション」はそんな派手なものではない。じゃあ、それはどんなものかについて、まずはその元となる「量子の絡み合い」と、そこから生まれた「EPRパラドックス」から説明していこう。

 複数の量子のあいだには、量子力学的な相関関係が成立する場合がある。これを「量子もつれ」もしくは「量子の絡み合い(エンタングルメント)」と呼ぶ。

 これは2つの量子を1回の操作で同時に発生させると、この2つの量子は1つの波動関数で表すことができるということだ。同じ操作で同時に生成されたんだから、その状態も同じになる=同じ波動関数で表現できる、というところは、直感的に理解できるはず。

 問題、というか、量子らしい不思議なところはここから先にある。

 どちらの量子も、観測されるまではその状態は確定されない(ここで、「へ?」と思った方は前回の記事に戻ってみてほしい)。しかし、どちらか一方の量子を観測して、その状態を確定したとたん、まだ観測されていないもう1つの量子の状態も確定されてしまうのだ。なぜなら、どちらの量子も同じ波動関数で表されているため、片方の値が(観測によって)確定すると、もう片方の値も(自動的に)確定してしまうというわけである。

 さて、ここまでは、なんとなく分かっていただけただろうか?

 本当の問題は、「もしこの「量子の絡み合い」が実際に存在するとしたら、それは「相対性理論」に反するはずだ」と、相対論の発見者であるアルバート・アインシュタインがかみついたところにある。これが、アインシュタインがポドロスキーとローゼンという2人の科学者と一緒に1935年に指摘した量子論の問題点だった。

 これを、この3人の科学者の頭文字を取って「EPRパラドックス」と呼ぶ。

 EPRパラドックスの考え方は簡単だ。先に述べた、絡み合い状態にある2つの量子が、ずっと誰にも観測されずに違う方向に向かって運動し続けたと仮定してみよう。時間が経過するにつれ、当然だが両者の距離はどんどん離れていく。だが、どれだけ距離が離れようと、量子論に従えば、片方の量子を観測したとたん、もう片方の量子の状態も決定されることになる。

イラスト イラスト:本橋ゆうこ

 もし、両者の距離が1光年(光の速度で1年分移動した距離)離れていたとしよう。相対性理論によれば、何者も光の速度を超えて伝播や移動をすることはできない。したがって、片方の量子の状態が確定してから、その情報がもう片方の量子に伝わるまで、1年かかるはずだ。

 しかし、量子論的には、片方の量子の状態が確定すると同時にもう片方の量子の状態も決まってしまうことになる。これは相対性理論に反した現象である。

 相対性理論と量子論の双方が同時には成立し得ないところから、これをEPRパラドックスと呼ぶのである。

 もともと、アインシュタインは量子論が気に入らなかった(本人こそが、量子論の基礎となった、光量子仮説の提唱者なんだけどね)。量子論の基本は、前回も解説したとおり、「量子の状態は観測するまで確定しない」という点にある。これは「実は決定されているが観測するまで分からない」のではなく「観測されるまでは、さまざまな可能性の重ね合わせの状態にあって、決定されていない」ということだ。

 このように、自然を確定的に記述することができず、確率的にしか記述できないとする量子論に対して、アインシュタインは不快に感じていたのである。彼は、「神はサイコロを振らない」という言葉まで残している。

 つまり、アインシュタイン式の考え方によれば、「“量子の絡み合い”が成立するように見えるとすれば、それは実は量子の状態というのは、観測前から決定しているからなのだ」ということになる。

 これに対して、量子力学の創始者の1人でもあるニールス・ボーアは、「2つの場所での出来事を別の実験系として考えるところがおかしい。2つの量子も実験に使う装置も、すべてひっくるめて1つの実験系の内部にあると考えれば、影響が瞬時に伝わったように見えても、何も問題はない」と主張した。

 ええっと、正直、何言ってるのか、わかんないですね、これじゃ。というわけで、アインシュタインとボーアの主張は真っ向からぶつかり合ったままだったのだが、それを根本的なところから解決しようとしたのが、1964年にジョン・スチュワート・ベルが発表した「ベルの不等式」だ。

 難しい話を飛ばして結論だけ書いてしまうと、アインシュタインの主張が正しいとすればベルの不等式は成立し、量子論が正しいとすればベルの不等式は破られることになる。そして、1982年、アラン・アスペの実験によって、ベルの不等式が破れてしまうことが実証され、量子論の正しさが証明されたのである。つまり、ボーアのほうが正しかったわけだ。

 さて、EPRパラドックスがパラドックスではなく、絡み合った量子の片方から片方に情報が伝達できるのだとすれば、あたかもテレポーテーションのように瞬間的に量子情報を伝えることができるはずだ。このように考えたベネットという科学者が、1993年に発表したのが「量子テレポーテーション」のアイデアだった。

 絡み合った量子の組を2組用意し、通常の通信手段を併用して、情報の伝達を行う方法を提案したのだ。

 すでに1997年以降、あちこちの研究室で量子テレポーテーションの実験は成功しており、量子情報通信の基礎研究が進んでいる。そして、その延長線上に、今回のNTTと阪大の研究発表があるのだ。

 といったところで、次回はようやく「量子コンピュータ」の最終回。第35回で紹介した新聞発表の話に戻る予定。ずいぶん引っぱるけど、ついてきてねー! よろしく!!

堺三保氏のプロフィール

作家/脚本家/翻訳家/批評家。

1963年、大阪生。関西大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程前期修了(工学修士)。NTTデータ通信に勤務中の1990年頃より執筆活動を始め、94年に文筆専業となる。得意なフィールドはSF、ミステリ等。アメリカのテレビドラマとコミックスについては特に詳しい。SF設定及びシナリオライターとして参加したテレビアニメ作品多数。最近の仕事では、『ダイ・ハード4.0』(翻訳:扶桑社)がある。2007年1月より、USCこと南カリフォルニア大学大学院映画学部のfilm productionコースに留学中。目標は日米両国で仕事ができる映像演出家。

ブログは堺三保の「人生は四十一から」


関連キーワード

量子コンピュータ | 大阪大学 | 挑戦


Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

Loading

ピックアップコンテンツ

- PR -

マーケット解説

- PR -