田中角栄の一撃に見た――相手の心をつかむ「超」説得法一撃「超」説得法(2/4 ページ)

» 2013年05月10日 10時00分 公開
[野口悠紀雄,Business Media 誠]

「超」説得法は、一撃で相手の心をつかむ

 「超」説得法とは、瞬間的に相手の心をつかむ方法である。「一撃で仕留める方法」と言ってもよい。これは、「説得には、言葉を尽くし、時間をかけて辛抱強く」という従来の常識を覆そうというものだ。「押してダメなら引いてみよ」というが、押しても引いてもダメなときがある。「そのときは蹴破れ」というのがこの方法だ。

 そんなことは、一体可能なのか?

 それは可能である。単に可能であるばかりではなく、「言葉を尽くす」という常識的な方法より、強力である。その方法やメカニズムは本書で詳しく解説しているが、それに先立ち、いくつかのエピソードによって、その輪郭を示そう。

だらだらした答えでは駄目

 私はこれまで、入学試験や学位論文の口頭試問で、試験者の側の経験を何度もした。その経験を通じて間違いなく言えるのは、「だらだらと、次から次へといくつも論点を挙げるのは、駄目」ということである。

 論文審査試験で、発表の内容が一向に要領を得ない。しびれを切らして、「君の言いたいことは、要するに何なのか? 一言で言ってほしい」と聞くことがしばしばある。

 これに対して、「要するに、資金需要がなければ金融政策は効かないということです」というような答えが返ってくれば、合格だ。後の説明がいくら長くなっても、興味を持って聞く。

 ところが、「適切な一言」が返ってこないことが多い。再び長々とした説明が、いつ終わるともしれずに続く。こうなったらホープレスだ。内容がないから、一言で要約できないのである。不合格にして、まず間違いがない。入学面接試験でも同じだ。だらだらした答えになってしまうのは、志望動機や目的がはっきりしていない証拠である。

 中身があれば、その本質は、一言で言えるものだ。内容が重要なものであるほど、そうである。「私が考えていることは高級で難しいので、とても一言では言い表せません」というのは、本質をとらえていない証拠だ。

 会社の企画会議でも同じである。あなたの提案に対して上司から、「なぜこのプランがいいのか?」と問われたとき、「要するに、他社と同じことをしては駄目なのです」というような答えができなければならない。一撃で説得できなければならないのだ。

面接試験の一撃合格者

 もちろん、面接試験で出てくるのは、だらだら回答ばかりではない。極めて印象的な一撃が返ってきたこともある。早稲田大学ファイナンス研究科での入試面接のとき、ある女子受験生は「なぜファイナンス研究科を志望したのか?」との問いに対して、次のように答えた。

 「私は、これまで会社で広報担当の仕事をしてきました。その経験を通じて、『広報に求められている役割は何か? それに応えるためにどんな内容の広報が必要か?』ということを、幾度となく考えさせられました。私のそうした経験と、ファイナンス理論の知見を合わせれば、何か面白いことができるのではないかと思ったのです」

 この答えは、「ファイナンス理論を学んで今後の仕事に役立てたい」という類の通り一遍の答えに比べて、大きく違う。まず、「広報」という独自の経験を引き合いに出している。ファイナンス研究科の教授は広報のことなどほとんど知らないから、この一言で、受験生のほうが試験委員より優位になった。そして、広報とファイナンスという、常識的には関係がなさそうなものを結び付けている。

 しかも、「面白いことができそう」と、積極的な提案をしている。こう言われて、「そんなこと、できるはずはないよ」と不合格にする試験委員はいない。「ひょっとすると何かできるかもしれない。もしそれができれば、本当に面白いことになる」という気持ちにさせられる。この受験生が試験委員全員一致の判定で合格になったことは、言うまでもない。

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