あなたは博士を目指すべきか?日曜日の歴史探検

博士号取得者、もしくは博士課程修了といった方々が、現代の日本社会では必ずしも十分にその能力を発揮できていないということを過去数回にわたってお届けしてきました。大学が変質していく中、博士の道はいばらの道のままなのでしょうか?

» 2009年10月25日 00時00分 公開
[前島梓,ITmedia]

 博士号取得者、もしくは博士課程修了といった方々が、現代の日本社会では必ずしも十分にその能力を発揮できていないということを過去数回にわたってお届けしてきました。また、アカデミックなポスト(アカポス)の不足や、博士号の有無や業績意外の力学も働いていることについてもふれました。

 大学全入時代を迎えて、各大学は厳しい戦いを続いています。こうした中、大学は自らの価値を、より経営的な観点で最適化しようとしています。「不採算学部」の自主的な縮小・切り捨てなど、学生にとってはネガティブな最適化もあれば、資格やスキルの獲得、就職のサポートなどのサービス全般で、“お客様”である学生を何とかつなぎ止めようとするポジティブな最適化もありますが、どちらも教育的配慮よりも経営を優先した施策であるといえます。分かりやすいところでは、青山学院大学で社会情報学部の1〜2年生にiPhoneを支給したというニュースがありましたが、これなどは、分かりやすい情報化という建前の裏に隠れた大学の苦しい事情が透けてみえてくるようです。

 講義も同様に、教育という観点ではなく、学生のニーズに合った知識や情報をコンテンツとして提供する傾向が進みつつあります。特殊講義などの名目で、“お客さん”である学生が喜ぶ講義を用意することで、大学の特徴を際立たせていこうとするものです。

 講義のバリエーションが増えるということは、当然、大学内部の専任教員だけではまかなえなくなります。これに対応するためにアカポスが増えればよいのですが、経営サイドとしては、人件費の圧縮などのために、そうはしませんでした。すでに大学の講義のかなりの部分が非常勤講師の手によって行われていることは前回お伝えしたとおりですが、こうした“非”常勤のポストを増やすことに加え、いわゆる“スター”を招へいするという方法で、アピールしようとします。ここで登場するのが、「特任教授」です。

 特任教授や客員教授、いい方はさまざまですが、引退したベテラン研究者、あるいは他業種の一線で活躍する人材をアカデミックな世界に招き、大学の名前を上げてくれるような結果を彼らに期待する方法で、大学はブランド力を高めようとしています。

 もちろん彼らに期待するのは、“客寄せ”だけではありません。学術振興のための助成金である科学研究費補助金(科研費)や21世紀COEプログラム、さらに「特色ある大学教育支援プログラム」(GP)などに採択されるよう、“即戦力”として活躍してもらうことが期待されることもあります。特任教授はこうしてアカデミックの住人になるわけですが、完全な住人かといえばもちろん違います。特任教授の所属している寄付講座なりプロジェクトの期限が来れば特任教授の任期は切れますし、ほとんどのケースで、大学運営にかかわる教授会などには加わっていません。つまり、彼らもまた大学あるいは既得権を持つ方にとっては“お客様”でしかないのです。

 業績主義と大学の知名度アップを両立させるため、どの大学でも同じようなことを考え、あの手この手でアピールしているわけですから、例えば自学の博士がノーベル賞を取った、などの極めてまれなケースを除けば、結局は伝統的な優秀校や偏差値上位校に傾いていくのは当然といえます。こうなると、資本が枯渇した大学から順に退場することとなり、大学の淘汰(とうた)が進むことになります。

 今こそ政府が政策課題として環境整備推進や予算化などを進める英断が求められているはずですが、ここで、民主党が選挙前に出したマニフェストには、高等教育については、「国立大学法人など公的研究開発法人制度の改善、研究者奨励金制度の創設などにより、大学や研究機関の教育力・研究力を世界トップレベルまで引き上げる」とあります。しかしここからは、レベルを引き上げることのみが触れられているに過ぎず、研究が社会とどう結びつくのかを感じさせる表現はみられません。その意味では1991年に打ち出された「大学設置基準問等の改正」の中で書きつづられていた「世界をリードするような研究を推進するとともに、優れた研究者や高度の専門能力を持った職業人を養成するための拠点として、大学院を充実強化していくこと」という目標と、実質的な差はありません。むしろ、大学院の文字がなくなっていることから、大学院のあり方に問題があったのではないかとさえ思わせます。

 今年度補正予算の見直しで、総額2700億円の研究費を30人の研究者に分配する「最先端研究開発支援プログラム」も、1500億円にまで削減されました。この1500億円は、1000億円を支給対象に選ばれている30人に配分し、残り500億円を新たに公募する若手・女性研究者に振り分けるとされています。削減はされてしまいましたが、若手の研究者には逆にチャンスが生まれているともいえます。

 ただし、一方でこうした現実もあります。先日、文部科学省から「平成22年度科学研究費補助金の新規募集課題の公募停止について」という告知が出されたのをご存じの方も多いでしょう。ここには、概算要求の見直しにより、文部科学省公募の「新学術領域研究(研究課題提案型)」および日本学術振興会公募の「若手研究(S)」の新規募集課題の公募を停止することが書かれています。また、総務省の戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)も延期されており再開のめどが立っていません。今後別名目で同様の予算がついたり、再開したりする可能性もありますが、こうしてジワジワと削られている部分もあるというのを知っておいた方がいいかもしれません。

 筆者は、研究職は実力主義であるべきと考えていますが、年功序列や、既得権の確保といった考えは今も健在であると思います。博士の増産で研究者の“中堅”どころがだぶついてしまった現状を考えると、若手にもチャンスが回ってくるケースというのは、よほどの才能がない限り難しいのではないかと思います。大学院に行くなといっているわけではなく、現状をしっかりと把握した上で、覚悟とビジョンを持って行ってほしい、と心から願っています。

参考書籍

この問題を取り上げた、あるいは大学院とアカデミックな世界についての参考書籍を以下に紹介しておきます。興味のある方はご一読いただければと思います。


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