【第1回】危機対応時の情報処理のあり方災害発生! 組織の危機管理は(2/2 ページ)

» 2011年05月10日 08時30分 公開
[牧紀男,京都大学]
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状況把握だけでは不十分

 危機が発生する原因は、現実とそれについての認識のずれにあるといわれている。組織で起きる危機は、東日本大震災のように地震や津波によって社会インフラが破壊され、物理的環境が大きく変化し現実と認識についてのずれが発生する場合と、現実は変化していないにもかかわらず、思い込み、願望、無知などにより認識が現実とずれることによっても発生する。

 例えば、法令違反を行ったことで組織が危機に陥ることがあるが、この程度の違反なら大丈夫だろうという思い込み、そもそも規制があることを知らないという無知が引き起こしている。いずれにしても、危機対応を行う上で「何が発生しているのか」を知ることは重要である。

 しかし、状況把握だけでは現状認識に必要な情報収集を行ったことにはならず、発生している危機に対応することはできない。何が発生しているかを把握し、何をすべきかが分かっていても、対応できる人員がどれだけいるのかという情報がなければ、何も決定できない。危機に対して資源がどれだけあるのか、さらに、現在どのような対応を行っているのかという「資源配置」についての情報も不可欠である。危機対応の目的は、どれだけ的確に危機の姿をとらえるかではなく、危機的事態を終結させるための対応を行い、事態を沈静化させることにあるのだ。

 日本の行政組織では、阪神・淡路大震災のときに、被害情報の把握が迅速にできなかったという反省から、日本の行政組織では被害情報を収集するためのコンピュータシステムが整備されており、現在では、被害情報を迅速に把握できるようになった。しかし、被災した人々にとっては、被害情報ではなく、どのような対応が行われているのかという情報が重要なのだが、そのためのシステムは被害情報を把握するシステムに比べて貧弱である。

 図1はカリフォルニア州が整備している危機対応情報システムである。このシステムは状況把握のシステム(SEMS)と資源把握のシステム(Mission Request Tracking、MRT)から構成されており、現状把握を行う上で不可欠な状況把握と資源配置という2つの情報を収集できる。

<strong>図1</strong> 危機対応情報システムによる「状況把握」と「資源把握」 図1 危機対応情報システムによる「状況把握」と「資源把握」

外部に対して組織の復旧状況を明らかにする

 危機対応における情報処理の全体像は図2に示す通りである。危機対応の情報処理の第2段階は計画策定である。何が起こっているのか(現状分析)+どれだけの対応資源があるのか(資源配置)という情報に基づき「状況認識の統一」(Common Operational Picture、COP)を行い、さらに「当面の活動計画」(Incident Action Plan、IAP)の作成を行う。「当面の」と書いたのは、オペレーショナル・ピリオド(Operational Period、OP)という危機対応チームが8〜10時間ごとに交代していくという考え方に関係がある。

 IAPは担当するOPが何を実施するのかについての計画である。通信やガス、電気といったライフライン関連企業では、通常時から供給状況に関するモニタリングや、危機対応がチーム交代制で実施されているが、日本でチーム交代制という考え方はあまり一般的ではない。組織のトップが参加して実施する本部会議を1OPと考え、その会議で次回の本部会議までに実施すべき課題を承認し、活動結果をその次の本部会議で報告するという型式が一般的である。

<strong>図2</strong> 危機対応時の情報処理(出典:林春男、牧紀男他、2008) 図2 危機対応時の情報処理(出典:林春男、牧紀男他、2008)

 計画策定は、目標達成型の危機対応マネジメント(Management by Objective)を実施する上で不可欠である。上述のように、企業や組織の活動がいつまでに復旧するのかという情報は、ステークホルダーにとっても重要な情報である。外部に対して危機対応の状況や復旧状況を明らかにするという意味でも、計画に従って危機対応を行うことは重要だ。

 作成されたIAPの原案を危機対応時のトップである指揮調整者(Incident Commander)が安全面をチェック、承認し、計画に基づき危機対応の実際のオペレーションを行う。その結果として、どう状況が変わったのか、どのような対応を行っているのかという情報に基づき、次のOPの前提となるCOPを行い、さらに次のOPのIAPを作成、実施していく。このサイクルを回していくことが危機対応であり、危機対応のための情報処理のプロセスなのである。

 次回は、どのようにすれば効率的に情報を収集できるのかについて具体的な方法を説明していく。

 【参考文献】

 林春男、牧紀男、田村圭子、井ノ口宗成、組織の危機管理入門―リスクにどう立ち向えばいいのか (京大人気講義シリーズ) 、丸善、2008

 矢守克也他、矢守克也・吉川肇子・網代剛、ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション:「クロスロード」への招待、ナカニシヤ出版、2005


著者プロフィール

牧紀男(まき のりお)

京都大学 防災研究所巨大災害研究センター 准教授

1968年生まれ。1997年に京都大学大学院工学研究科で博士(工学)を取得。奈良県、京都府において地震防災戦略計画の策定、2004年新潟県中越地震で被害を受けた小千谷市の復興計画策定に関わる。専門は、ステークホルダー参画型防災戦略計画、災害復興計画、標準的な危機管理システム、すまいの災害誌。著書「組織の危機管理入門―リスクにどう立ち向えばいいのか(京大人気講義シリーズ)」(丸善)、「はじめて学ぶ都市計画」(市ヶ谷出版)他。



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