コンプライアンスでみる転職・退職での“お作法”えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る

会社を退職したり、転職したりする時にはさまざまな手続きが必要になるが、コンプライアンスという切り口でみると、どういうことに注意しなければいけないのだろうか。

» 2012年06月15日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]

名刺について(顧客の情報)

 昔はお客様――特に自分が開拓した顧客は「財産」という考えから、他社に就職しても顧客に再び営業して、自分が移った会社に乗り換えるよう強く求めるケースがあったという。今ではそのような行為をすると元の会社から訴えられる可能性があるので、すべきではない。名刺ファイル、顧客名簿などは全て勤務していた会社に帰属するので、退職時には返却もしくは後任の人に引き渡す必要がある。ただ退職や後任の紹介、再就職のあいさつとして連絡するなどの行為は商習慣として許容されている。

 懇意にしている顧客には、自分の手帳や携帯電話などに連絡先を登録しているのが普通だろう。建前ではこれらの情報を利用することは望ましくないので削除することをお勧めする(しかし大半の企業でこれらに関して削除を求めたりチェックしたりすることはほとんど行われていない)。

 また、忘れがちなのが自分自身の名刺の返却である。総務や人事がチェックリストを作成して、本人にきちんと名刺を返却させている企業も増えつつあるが、形式的になっている場合が少なくないようである。くれぐれも疎かにしてはいけない。しかし甘くみていると、取り返しのつかいない事件(退職者の不正行為など)につながりかねないのだ。

競合他社への就職

 「競業避止義務」――退職後に同業他社に就職したり、独立した場合に勤務していた会社の機密情報を利用して優位な立場で商行為を行ったり、企業に損害を与えることを禁止する――である。だが一般社員であれば、まず問題にはならない。憲法で職業の選択の自由が保障されているからだ。ただし無制限という訳ではない。

 例えば、経営者(取締役とか常務とか)として雇用されている場合は、通常は雇用契約書の中に明記されているケースが多く、役員という立場なら一定期間は控えるか、事前に会社の合意をとっておくことが望ましい。一般社員でも特別に機密情報や特許に関する業務を行い、給与面やその他の処遇で相当に優遇されている場合には注意を要する。雇用契約書に記載されているケースも多いだろう。

 なお就業規則の中に競業避止義務を入れている企業も見受けられるが、一般社員であれば、これが適用される可能性は少ない。この後に解説する「誓約書」も参考にしていただきたい。

機密情報漏えいの可能性

 最近では難しい問題となっているケースが多い。頭の中にある情報については、それを罰する法律が存在しない。しかし会社の機密情報を紙やUSBメモリなどで持ち出した場合は明らかにまずい。絶対に避けるべきである。もし持ち出した証拠が見つかれば、莫大な損害賠償請求や退職金の返還・減額、社会的にも大きなペナルティになることが容易に想像される。転職先から解雇されることも明白だ。コンプライアンスは絶対に守るべきである。

 特に近年では企業の機密情報を保護する方向にあり、2005年の不正競争防止法の改定、その後の経済産業省における営業秘密管理指針の公開、そして2011年12月の指針の改定により、企業の営業秘密は従来に比べてかなり保護されるようになっている。この辺に関係する社員なら、一度は経済産業省の「『「営業秘密管理指針(改訂版)』の公表について」を熟読しておいてほしい。

「労働債権不存在確認書」や「誓約書」などの扱い

 大半の企業では社員に誓約書を書いてもらう。通常は「秘密保持に関する誓約書」である場合が多い。ここで問題となるのは、「競業避止義務」が明記されている誓約書である。トラブルが多い条文でもあり、削除した企業もあるし、そもそも一般社員は不要である場合がほとんどだからだ。ただし、昔からの慣習としている企業や業務上必要な企業もあるので、一概に不要ということも難しい。

 これについていえるのは、一般社員がこれにサインして競合している他社に就職しても、それだけで会社が騒ぐことはまずあり得ないということだ。なぜなら憲法で職業の選択の自由が保障されているし、一般社員がライバル会社に転職しても損害を見積ることはできないからである。裁判所は事例から個別に判断するものなので、『こうだ』とは断言しにくい。サインをしなくても退職できるのでサインをしないまま放置しても構わないといいたいところだが、現実的には会社がしつこく強制したり、退職金の支払いを保留したり、さらには離職票にとんでもないことを書かれてしまったりという事例もある。

 どうしていいか分からない場合は、専門家か労働基準監督署などに相談した方がいいだろう。無料の相談コーナーを開催しているところもある。ここでは自分の立場を考え、コンプライアンスの視点をもって行動することでベストな方向に持っていくことができるだろう。

 「労働債権不存在確認書」とは、簡単にいえば「残業代などの未払いは一切ありません。」という確認書類である。これが本当にそうならばサインすればいい。しかしこの関連で揉めているなら、その書類を持って専門家や労働基準監督署に相談するといい。証拠にもなる。


 最後に、退職するからといって投げやりな対応は慎むことだ。「立つ鳥跡を濁さず」ということわざの通り、社会人としてコンプライアンスを念頭に置きながら、それまで居た会社がどんなひどい企業だったとしても、敬意を持って対応してほしい。自分の器量の大きさも試される。

 筆者も退職を何度も経験している。懐かしい企業、もう二度と行きたくない企業、さまざまな企業を経験してきたが、常に大きな目で見据え、大局を誤らないこと、どんな企業や人にもなるべく同じように接することの大切さを、最近また痛切に感じている。

萩原栄幸

一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。

情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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