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» 2015年08月10日 14時19分 UPDATE

麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」:次世代映像技術の台風の目、HDRで“世界が変わる” (1/2)

近年、画質向上のキーワードとして「HDR」(ハイ・ダイナミックレンジ)が注目されているが、そもそもHDRとは何だろうか。その効果、最新動向まで“画質の鬼”こと麻倉怜士氏に聞いた。

[天野透,ITmedia]

 近年、画質向上のキーワードとして「HDR」(ハイ・ダイナミックレンジ)が注目されている。「そもそもHDRって何?」という疑問から、その効果、最新動向まで“画質の鬼”こと麻倉怜士氏が解説。次世代の画質向上技術のを大いに語り尽くしてもらった。

麻倉氏:ここにきて4Kや8Kの放送が話題を呼び、各社の4Kテレビは市場をにぎわせていたり、シャープからは8K的なテレビが出てきました。

 このタイミングを考え、「4Kオリンパック」というイベントを開きました。デジタルハリウッド大学の杉山知之学長と私が発起人となった4Kの勉強会です。

ts_enma_hdr04.jpg 会場でダイナミックレンジ表現の重要度を解説する麻倉氏。コントラスト競争で拡張された技術をいかに使いこなすかが、映像表現として重要となる

――スポーツの祭典を思わせる「オリンパック」というネーミングが非常に気になります

麻倉氏:本当は「ピ」と言いたいところですが、そこは大人の事情で「オリンパック」となっています(苦笑)。

 第5回になる今回のテーマはHDRでした。この分野の専門家であるソニービジュアルプロダクツの小倉敏之さんに講演をしていただきました。4Kオリンパックではソフト制作者やコンテンツクリエイターが集まるので、最新技術であるHDRへの興味が非常に盛り上がっているのです。

――HDRは読んで字のごとく、ダイナミックレンジを拡張する技術ですね。そういえば映像ソフトの評論ではよく「ダイナミックレンジが広い」とかいう文言を見かけますが、具体的な数値とかいうものはあまり見かけた記憶がないです。

麻倉氏:実をいうと、HDRについては「BT.2020」のような国際的な公式規格やフォーマットというものはまだありません。ですが、色の豊かさを表すコントラストは、コンテンツを創る上で非常に重要です。そこを強化していこうというのが、HDRの目論見なのです。

ts_enma_hdr01.jpg HDR技術のスペシャリストとして講師に招かれたSONY Visual Productsの小倉敏之氏

 HDRには話題が多いです、先月に次世代メディア「Ultra HD Blu-ray」規格への採用が発表されました。また、秋から日本で展開する「Netflix」もHDR技術を使ったネット放送を計画しています。そして映像メディアの本流である放送分野でも、ついに規格化がまとまりそう、という段階までやってきました。

――それはすごい勢いですね。ですが、どうして今のタイミングでHDRが叫ばれるようになったんですか?

麻倉氏:そもそものキッカケは、ビデオソフトのダイナミックレンジを拡張して、パッケージやネット放送で届けたらどうかという発想でした。これらはあらかじめ映像素材を用意し、それをつなぎ合わせる「編集が前提」のメディアです。こういった環境において、撮影、もしくは映像ソースで充分なダイナミックレンジを獲得し、それをHDR環境でモニタリング、グレーディングを行い、その信号をHDR対応テレビに届けるというエコシステムが考えられています。

 こういった恩恵が受けられるのは、これまではパッケージやネットメディアに限られていました。ですが、これらはあくまで「編集前提」のものでの対応です。一方、放送メディアではスポーツの生中継など、編集をせずカメラから直にコンテンツも数多くあり、このような編集前提のシステムでは対応しきれません。しかしBT.2020の放送規格にはダイナミックレンジの規定がないのです。そこで、放送環境でどのようにHDRをアプライするかという問題が、NHK、BBC、フィリップスの3者で考えられてきました。

――テレビやネットの放送では生中継が盛んに行われています。これらはリアルタイムなメディアですから、HDR技術を用いるには、編集ではなくフィルターのようなものが必要になりますね。

麻倉氏:最近NHKとBBCが「ハイブリットガンマ」という方式を共同提案として提出し、正式決定寸前といったところでしょう。これには放送という固有の環境でのHDR化を達成する工夫がされています。具体的には特別なガンマカーブを運用するのです。ガンマカーブとは入力と出力の関係式のことで、従来はリニアな特性を用いるのが一般的でした。

――ガンマカーブというと、フォトショップなどで画像編集をする人達などもよくお世話になっている、あの直線や曲線のグラフと同じようなものですよね? 確か45度の一次直線を基準として、グラフ中の特定ポイントを上下させることで色の強弱を操作するという考え方だったと思います。

麻倉氏:ハイブリットガンマの考え方では、高域を立てる二次曲線型や、低域を強調するlogカーブ型などがあてられます。これならばフィルター的な使い方が可能で、生中継であっても後の編集作業なしにHDRを適応させられ、放送やインターネットなどを通じてユーザーへ届けられます。対応テレビではこの特別なガンマカーブが用いられ、非対応モデルではリニアな画が出てくるという仕組みです。現時点ではもちろんテレビはまだ対応していないですが、ガンマカーブのデコードは技術的にそれほど難くはないので、策定後の次シーズンから対応製品が出てくるでしょう。

――技術的なハードルが低いというのは良いですね。そう遠くない未来に対応製品を目にすることが出来そうなので、期待したいです。

ts_enma_hdr02.jpg Adobe Photoshopでのガンマカーブの例。画像編集の世界では「トーンカーブ」と呼ばれる

麻倉氏:もう1つ、今回のオリンパックで強調されたのは「HDRとは何か」という基本的な話です。

――映像分野では最近耳にするようになってきましたけれど、静止画像分野では結構以前からある技術ですよね。画像編集ソフトだけではなく、デジカメ内での合成も可能なモデルが多く出てきていて、最近ではiPhoneのカメラにもHDR機能が入っています。

麻倉氏:静止画のHDRは露出量が異なる複数枚の画を使った合成処理が主流ですね。暗い写真と明るい写真を合成して、暗い部分を明るく、明るい部分を暗く見せる方法です。

 ですが動画では、元から信号のダイナミックレンジを上げるという、静止画とは全く違うアプローチをとります。初めから黒が締まって白が伸びている輝度の情報量の多い画を撮り、それをガンマカーブで調整するか、後でのグレーディングで調整するという手法です。

――最初からダイナミックレンジを広く撮っておくという事ですね。確かに、露出量の異なる動画を、全く同じ構図で複数撮影することはできません。

麻倉氏:画質には「空間解像度」「ビット深度解像度」(8bitのBT.709、10bitのBT.2020、12bitのDolby visionなど)、「時間軸解像度」(一般的には30/ 60/ 120/ 240など。それぞれにiとp)、「色の解像度アドバンテージ」(BT.709からBT.2020へ)「輝度方向の解像度」という5つの要素があります。その中で前の4者については規格としてキッチリ決められていたわけですが、「輝度方向の解像度」という観点は全く手が付けられていませんでした。五角形の画質チャートを描くと、4要素は整然と広がっていったのに対して、輝度だけは従来のBT.709規格で頭打ちになっていた訳です。特に白方向が弱かったですね。HDRはまさにこの「輝度方向の解像度」に対してアプローチするのです。

――ネットで「HDR」と検索すると、イルカの絵で一世を風靡したクリスチャン・ラッセンのような、極彩色の絵が数多く見られますね。中でも、本来は暗い場所が明るく見えるというものが多い気がします。

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